子供の頃、何度もおぼつかない足取りのクセに無茶をして転びそうになる彼を支えた。

俺は、劣化したレプリカだから。

その言葉を口にする彼に、何度『卑屈禁止』と言っただろう。

本当は、『レプリカ』という言葉自体を封じてしまいたかった。

自分にとっては、彼は『レプリカ』なんて名前の生き物ではなくて、憎むべき『ルーク・フォン・ファブレ』ではない、『ルーク』本人なのだ。

復讐という枷から解き放ってくれた、唯一の。

殺したい相手から、愛しい相手に変わるなんて奇跡は、そう簡単に落ちてはないだろう。

他のレプリカたちとは、全然重さが違う。

勿論、姉のレプリカとも、違う。

こころのなかで感じる重さ。腕の中で感じる重さ。全部が特別だった。

赤い髪から翠の瞳が覗く、それが笑みの形になる。

それを一番覚えているのは、彼が自分の名を呼ぶ時、必ずその表情になるからだ。

それを目にするたびに愛しさが募って、けれど切なくていつからかこの時間がもっと長く続くようにこころの中でそっと、小さく祈る。

――彼がうつくしすぎたから、もう残された時間がないことを識ってしまった。

彼がファブレの屋敷に『戻って』来た時、最初は表情もなく、歩くことも話すことも、一人で食事も出来なかった。

それがいつの間にか、勢いよく走り出し思い切り笑いお坊ちゃんらしく我侭になり、どこで覚えたんだか一言目には『ウザイ』、二言目は『面倒くさい』。

そのくせ、ヴァンの前ではたどたどしくも敬語を使って無邪気に慕っている様を隠しもしないその姿を、微笑ましく、そして背筋が冷える思いで見詰めていた。

彼は、鳥籠のなかで、自由を夢見て歌う朱色の小鳥だった。(そうなるように育ててしまった。他でもない俺が)

――全てが始まるまでは。

人を殺し、絶望を知り、泣き、苦しみ怯え、それに耐えて。

誰よりも強く、生きていたのに。

それが今、目の前で消えようとしている。

預言から離れようとしている世界の全ては、彼に寄り掛かっている。

好きでレプリカに生まれたのではない、彼に。

『死にたくない』

そう言ってくれたら、一緒に逃げてやるのに。

世界が滅びるまで、ずっと一緒にいてやるのに。

一度手を離したから、泣き言が言えなくなってしまった。

許してくれなくていい、責めてくれと、あの時のことを何度も後悔するし、そう告げた。

だが。

大丈夫。

ありがとう。

いつからそんな顔で、穏やかに言うようになったのだろう。

切なさに胸が抉れそうだ。泣きたくなるが彼が泣かないのだから、自分が泣くわけにはいかない。

言葉だけを、そして喪失の痛みだけを残して。

重さだけは時折はっとするほど酷く覚えているのに、ぬくもりは残されない。

先を歩く彼の左足が一瞬透けて見えた。

彼がバランスを崩す。

ああ、本当に、今そこに彼の足は存在しない。

慌てて手を伸ばした。

子供の頃、何度もおぼつかない足取りのクセに無茶をして転びそうになる彼を支えた。

抱きとめた腕のなか、確かに重みはそこに在った。

命の重さで、確かに自分の腕の中に、彼は在ったのだ。

end.