私室でマルクト皇帝はソファにだらりとだらしなく身を預け、肘で己の顔を支えながら窓の向こう、白々しいほど青い空を見上げ、懐刀であるジェイド・カーティス大佐のマルクトにおけるレプリカ保護についての現状報告を受けていた。
皇帝の膝の上には、赤毛のブウサギが眠っている。
それを撫でつつ、やはり空を見続けそのまま、心ここにあらずの態でぽつりと呟く。
「なあ」
「はい」
「あそこに、デカイ第七音素の塊あるだろ」
「ありますねえ、ヴァン総長の置き土産が」
「あれぶっ壊して、その音素でルーク作れ」
「無理ですよ、それはルークではありません」
「そうか」
「そうですよ」
互いに掛ける声は淡々としていて、感情は全く含まれない。
恐らく今この時においては、彼らに感情は必要ないのだ。
この幼馴染は互いに、そういう術をいつしか手に入れていた。
これが慟哭のあまりの懇願だったなら、ジェイドはただ謝るしか出来なかっただろう。
これが投げ捨てるような響きだったなら、ピオニーは無言でその横っ面を叩くだろう。
感情が篭らないこそ、互いに互いの心情のありのままをやり取りし、そして受け入れる。
そして受け入れた直後、ピオニーは感情を捨てていたからこその失言に、酷く後悔した。
途端、つい今まで横に放っていた感情が戻って来る。
空から室内のジェイドに視線を向けたが、視界がちかちかしてどこにジェイドがいるかが判らないまま、口を開く。
「――すまない。お前に物凄く酷いことを言ったな、俺は」
「気にしてません。私も同じことを考えてましたから」
「懲りないな、お前」
「そうですね」
「でも、成長はしたな」
「そうですか」
返すジェイドの言葉の響きは相変わらずで、どこが成長したのか説明せよと述べている。それに苦笑して見せた。
目が慣れてジェイドの姿を確りと見ることが出来る。
いっそ憎らしい程に、彼は彼のままだった。――表面上は。
「俺はルークを悼むこころを持ったお前が傍に居てくれて、嬉しい」
「――…」
「俺が今、やってられるか馬鹿馬鹿しいと喚いて政務を投げ出さずに済んでるのは、お前とガイラルディアのお陰だ。俺は恋を失ってばかりだが、友には恵まれたな」
「私、は…――」
いつから彼は、眼鏡なんてもので表情を隠すようになってしまったのだろう、とピオニーはその眼鏡の存在を厭う。
素直に吐き出してしまえよ。取り乱したって構わない。
俺ばっかりがお前に寄り掛かるなんて、不公平だろ。
そんな感情を込めて視線を投げかければ、ジェイドはそれを避けるように書類に集中している振りをする。
互いに苦しいような哀しいようなけれど笑っているような変な顔をして、ピオニーはただジェイドの言葉の続きを待っていた。
惜しむらくは。
ジェイドの口から独り言のように零れた言葉は、皇帝の膝の上で惰眠を貪る赤毛のブウサギから発せられた、寝言の鳴き声に紛れてしまった。
これが恋だなんて、今初めて知りました。
end.