お前のお陰でこの世界に青空が戻ったって、お前が居なけりゃ俺にはどうにもならないんだよ。

あの時の俺の言葉は、受け入れられずに届かないままだ。

* * *

青い空を見上げて、同じ色をした瞳を細める。

――ああ、ルーク。

今日もいい天気だな。

お前はそこで、昼寝でもしてるのか?

どんなしあわせな夢を見てるんだ。

こっちに戻って来るのを忘れるくらいに。

こころの中で音符帯に居るであろう友人に、語りかけるのはほぼ日課だった。

彼は還って来なかった。

この絶望感は、昔味わったものにとてもよく、似ている。

家族が、姉が目の前で殺されホドが滅ぼされたあの時、それを許してしまう世界をどれだけ憎んだか知れない。

あの時も、この世界など受け入れられない、無くなってしまえと幼いながらも呪詛の言葉を吐いた。

還って来たのは憎み続けた『ルーク・フォン・ファブレ』…アッシュの方で、彼の口から愛しい『ルーク』は彼を生かすための肉体を記憶を捧げ意識のみを持って、ローレライと共に音符帯に行ってしまったのだと聞いた。

もし、ただ普通に(という言い方も変だけれども)死んでしまったのなら、後悔や寂寥や虚無を感じながら、それでも受け入れられたかもしれない。

酷く、とても哀しいことだけれども、お前は俺たちを、世界を救ってくれたのだと、大したヤツだとただ純粋に誇りに思い常に悼んだことだろう。

だが。

何故、オリジナルの糧にされなくてはならないのだ。

何故ルークが必死に生きて来た全てが、オリジナルを生かす為にあるのだ!

そんな馬鹿な話ってあるか、と怒鳴ったところで変わることのない現状に、胸が抉られるような悲しみが押し寄せて、世界が歪んで見えた。

ああ、またこの世界は俺から大切なものを奪って行った!

そう絶望に震え怒りに頭が割れそうな程血管が圧迫され、気が狂うかと思った瞬間に聞こえた、「すまない」という言葉に思わず殴りつけて以来、彼とは会ってもいない。

それ以来、今までにないくらいに荒れた。

修行と言いながら、来る日も来る日も刀を握り腕が潰れるほど振り回しても、まだ。血反吐を吐こうがこの身が裂けて散ろうが、ペールの制止もお構いなしに。

そんな時に必ず降る雨は、どんな季節でも暖かくガイ自身を包んだ。

時に労わるように、時に癒すように。

その温度に、ああ、ルークを泣かせているのだ、とやっと一年ほどして気付いた時、立ち上がることも出来ない地面に頬や額を擦り付けて泣いた。ただ天に届けよと恥も何もなく慟哭した。

漸く己を痛めつける自虐行為をやめて以来、その温かい雨は止んだ。

ルークは、あの音譜帯に居るのがしあわせなのだ。

この世界に居るには、辛いことが多すぎた。

慕った人間からの裏切り。レプリカという事実。愚かな人形が引き起こした人間の死、犠牲にした一万のレプリカ。オリジナルからの罵りと、親友だと言いながら陰で刃を光らせていた復讐者。

けれど見守ってくれている、そう思うことでガイはこの世界を再び受け入れられる気がした。

これは身勝手な想像かもしれなかったが、あの音譜帯で優しい光に包まれて彼が安心して眠っているのだと思うと、空を見上げるのが楽しみになり、日課になった。

お休み、いい夢を、とこころの中で呟きながら、鮮やかな夕焼けを眺めてそのたびに響く胸の痛みは、いつまで経っても薄れはしないだろうけど。

ブウサギどもは相変わらずだし、グランコクマを包む水の色も変わりない。(それも全部、お前のお陰だ。お前の命のお陰だ。お前によって生かされているんだ)

ただ。

人間だけが、変わってしまった。

ジェイドは変わらないように見えて、けれどどこかが決定的に変わってしまったのだろう。以前ブウサギの世話をしていた際に、ピオニー陛下がぽつりと呟いた言葉が耳に残っている。――「俺たちは失ってはいけないものを、世界に捧げたのかもしれない」と。

その陛下は本当に珍しいことに、どこか疲れたような表情をして『ルーク』を静かに撫でていた。

俺はもうバチカルの地を踏むことは苦痛でしかないし、望んでは二度と訪れることもないだろうと思う。

ナタリアとアッシュがどんな風に過ごしているかなんて、知らない。

噂ではナタリアは相変わらず王族として活躍中で、彼女らしいとは思うが、ただ、解消された婚約が再び結ばれたとは聞かなかった。

アッシュは結局、あれだけ固執した名前に屋敷に家族に未練を残さず捨て去り、一度バチカルに戻ったものの、ダアトへ再び赴いてそこで教団の立て直しやレプリカ保護についての活動をしているらしい。

あの二人はあのバチカルという場所にいる(た)からこそ、そこかしこに残るルークの気配に息が苦しい思いをし、アッシュは耐え切れずに逃げ、ナタリアは一度否定された上に認められたからには逃げることが叶わず、気丈にも己の勤めを果たしているのだろう。

ティアも相変わらず、ダアトで活躍している。

だが、二度と譜歌は歌わなかった。――歌えなくなった。

それもそうだと思う。愛する兄と、慕っていた教官と、ルークを同時に喪ったのだから。それでも無気力にならずに、荒れたりもせずに淡々と己のやるべきことをする彼女は、本当に尊敬に値するほど強いのだろう。

唯一の救いは、アニスとフローリアンかもしれない。あの二人のお陰で、レプリカ保護は比較的いい方向に向かっている。

けれど、時折アニスが震えて泣いていることを、フローリアンは知っている。

確かに、ルークという欠落があったとしても、世界は回っている。

お前を犠牲にして、人間達は生きている。

だが、これは本当に『生きて』いるんだろうか。

皆は、俺は『生きて』いるのか。お前という存在を喪ってまで、掴むべき世界だったのか。

これが、本当に望んだ世界なのか?

なあ、俺は言ったじゃないか。

こんなに世界が美しかったって。

お前が居なけりゃ、皆は、俺は、どうにもならないんだ!

end.