幼少の頃からの親友が、袂を別れていった。
引き止めたかったが、それは無理だ。
彼がするといったら絶対に実行出来るところまでもう話が進んでいるし、しないといったら梃子でも動かない。親友であるこの皇帝様の頼みでも、だ。
どうしようもない。
頭だけが良い馬鹿なんて、救えないだろう。
だから俺のように愛玩出来る動物を飼えと言ったのに。
これから彼は、想い人を再び生み出しにゆく。
レプリカの研究が再開される際、固く法律で人間そのものを作り出すことを再度強く禁じ、ほぼ極刑に近い刑罰を設けていた。
その世界規模の条約と法律を作ったのは、他でもない彼自身だ。
だからこそ、袂を別った。
そして、無事生まれたことを確認したら、目覚める前に姿を消す予定なのだろう。
あの子の望みを、殉教者のようにこころに刻んでいたはずだというのに。
そうしてジェイド自身もまた、多くのことに沈黙をし思考を深い場所へ沈めて儚く消えて逝くはずだった。
――ジェイドはあの子の喪失によって、人になったのだから。
そのことを少し切なく思っていたが、それこそ二人の在り方だろうと、羨ましく思いこそすれ、あの子を恨む気持ちなど一つとしてなかった。感謝すら覚えた。
ケテルブルクの雪は夕焼けに融けることが出来たのかと。
だというのに。
ジェイドがジェイドであることを望んだあの子が残した言葉が、ジェイドを殺してしまう。
――これから彼は、想い人を再び生み出しにゆく。
たとえ一目会うことが出来なくても、それでもこの世界に居てくれるだけで、充分なんて。
地位も名誉も全て失い、たとえ隣で共に笑うことが出来なくても、結果的に憎まれてもその存在が生きているだけで、それだけで満たされるなんて、そんな胸が痛むほど綺麗で同時にどうしようもない恋など、狂気の沙汰だ。
だが彼は、やはりその狂気の恋を貫くだろう。
――多分、初恋だろうし。
あの馬鹿野郎め。
そう思うが、だが初恋に囚われたままの自分もそうだから、彼のことを非難することは容易ではない。というよりしたくない。出来ない。
やっと彼も、恋などという勘違いで思い込みからなる、どうしようもない泥沼に嵌ってくれたのだ。ようこそジェイド、この苦しくも甘美で気持ちの悪い場所へ。歓迎する。
以前はそんな場所に立つなど信じられない、という目でこっちを見ていたのに。
おめでとうジェイド、お前は人間になったんだ、とこころの中で祝福の言葉を贈る。
ここは本当にぐちゃぐちゃで、想い人の幸せを願いながら、同時に想い人の相手がうっかり事故で死んでくれるといいんだが出来るだけ苦しまずに、とか不幸せも望んでしまう。
特に初恋っていうのは、大切に仕舞っておくものじゃない。
執着が酷すぎて、訳が判らなくなる。
狂っても仕方がないかもしれない。
なにせ愛情と憎悪が同時に訪れる。
――ああ、なんて二人して不器用なのだろう。
そして、そのことを充分に理解しているくせに、なんて自分達は二人して、救いようがないのだろう。
こんな自分が友人だったからだな、すまない、ジェイド。
そのことにただ胸が締め付けられる。
お前がその狂った恋を抱いて幸せになるなら、俺はそれで充分だよ。
だから、生まれたあの子がいつか笑ったら、俺にもその笑顔を見せてくれ。