貴方のことを愛していると泣き叫ぶのは私の仕事ではないのです。

(ジェイドxルーク)

「ソウマトウ?」

腕から赤い血が少量、抜かれる様を見詰めながらその聴きなれない響きの言葉をたどたどしく彼は繰り返した。

「走馬灯。人間が死の危機に際して、過去の記憶から現在の状況を脱する手段を探ろうとしている時に起こる現象ですね」

どこで聞いてきたのだか、彼が聞き慣れない言葉を半端に覚えて来たその正式名称と現象の説明をする。

「答えが見つかれば助かるのか?」

「そういうこともあるでしょうね。強いだけでは駄目だということです。生き延びる術を持つことが重要なのですよ」

きょとんと幼い表情で問い掛けてくる彼に、冷静な判断もね、と腕の処理をしながら言い、腕を解放するとルークはそっと脱脂綿を上から押さえた。

「ふうん、だからジェイドはどの戦場でも生き残る確率が高いのか?」

思わず作業の手が止まる。

「…話の繋がりが見えませんが?」

「だって頭良いじゃん。生き残る術が他の人より多いってことだろ」

「おやおや、貴方に随分と高い評価を受けているんですね、私は」

肩を竦めながらの言葉に対して、珍しくルークは反応せずに、ただ静かに返して来る。

「俺も勉強、ちゃんとしとくんだった。そしたら――

そこで彼が言葉を区切ってしまったので、ああ彼は自分がしていることを知っているのだな、と悟った。かつて自分の打ち立てた理論をどうやって看破するかを、その術をあさましくも捜していることを。

だが、その素振りは見せずにいつもの笑みを浮かべる。

「はい、お疲れ様でした。後はご自由にどうぞ。入浴は明日の朝が良いでしょう」

「…ん、ありがとな、ジェイド。お休み」

「はい、ゆっくりお休みなさい」

淡い笑みを零し、ルークは腕を押さえて立ち上がると、ジェイドの背後の扉へと向かう。

扉の閉まった音に紛れるように、聞かせるつもりはない言葉をそっと呟いた。

――それでも私は、貴方が生きられる術を知らない」

end.

彼は嘘が吐けない

(ティアとルーク)

――何かさあ、ジェイドが言ってたんだけど」

風に好き勝手に髪を乱れさせていた彼が、ふとこちらを振り返って口を開いた。

「イオンが最初俺に会ったときに、懐かしいって言っててさ、だから俺とイオンはもしかしたら、ずっとずっと昔に出逢ってて、仲が良かったのかもしれないって」

あの大佐にしては、珍しいことを言うものだ。

そう思い、僅かに首を傾げながら、彼の言葉の続きを待つ。

彼は遠くを眺めている。

アルビオールのハッチの上、地平線と水平線の向こうを。

その先に何があるかはとうに知っているのに、彼の瞳は何も知らない世界へ旅立つ子供のような透明さで、陽が昇るのを待っている。

「そんなことがあるならさ、アッシュとナタリアが結婚したら、俺、その子供になりたい」

そんなの、ありえないって判ってんだけどな。

そう言って、照れたように笑う彼に、私は涙を堪えるためにいつものように瞼を閉じた。

「そうね。そうしたら私も、あなたにもう一度、逢えるわね……」

――ああ、彼は残酷な人だ。

帰ってくるとは、たとえ気休めだとしても言ってはくれないのだ……けして。

end.

光という名の存在

(ジェイドxルーク)

仕事が溜まっているのだと泣きつかれ、仕方なくグランコクマへ足止めされること三日。

その間、他の仲間達には久しぶりのゆっくりとした休息として自由に過ごして貰っているが(宿代は軍部へ請求させた)、問題の上司が仕事を放って赤毛の青年を構い倒している所為で捗っている気がしない。皇帝を苦手としているあの青年が、皇帝の押しの強さに勝てるはずがなく、毎回ごめんなと謝るその姿には、落ち込む犬の耳と尻尾が見えそうな気すらする。(逃げても何故か見つかるという彼に、掛ける言葉はない)

しかもあの皇帝はルークと同じような環境に育った所為か、隠れることに関しては追随を他に許さず、巧妙に毎回居場所を変えて休憩というには長すぎる時間、仕事から逃げている。

仕事が溜まっているのは己の不在ではなくて、あの皇帝の所為ではないのか、とジェイドは思い、では自分はあの皇帝のお守りで引き止められているのかと頭痛を覚えた。

見つけ次第インディグネイションを発動させる準備をしつつ、ピオニーの私室のドアをノックも無しに開く。居ないことは判っていてもここを必ず訪れるのは、あの皇帝の弱みがここに生息しているからだ。

相変わらず、ジェイドからしてみれば想像を絶する、メイド泣かせの汚い部屋。

そこを好き勝手に、身内の名前を付けられたブウサギ達が闊歩している。

その、部屋の奥。

暖かい窓から射す日光を浴びながら、眠る赤毛のブウサギが目に入った。

周囲がどんなに騒がしくても、他のブウサギ達が脱走しても、このブウサギだけはいつもこの陽だまりに眠っている。

まだ子供なのか他より小さいその赤毛のブウサギは珍しいが、きっと贔屓にしているブウサギ屋から無理を言って入手したのだろう。皇帝という権限の使い方を間違っている。

陽の光に晒された毛並みがきらきらと光を弾いて、ジェイドの譜眼には少し痛い。

ブウサギにすら、陽だまりは用意されているのに。

彼にはないのだ。

呼吸をしたついでにすとんと落ちて来た思考。

そう思うと、目の前の赤毛のブウサギが憎たらしくなった。

こんな生物ではなくて代わりに彼が陽だまりに入ればいいのに。

そう思い、伸ばした腕はけれど、ブウサギの息を止めることなど出来はしない。

彼と同じ名前をしているという、たったそれだけで。

戦場で恐れられる『死霊使い』は、何も出来なくなるのだ。

end.

無題1

(ガイとアッシュ)

「……オイ、ガイ」

「ん?何だ、アッシュ?」

「あいつのあの服は何だ、もっとマシな服はなかったのか」

「ああ、あれかー。まあいいじゃないか、あれはあれで」

「……良く判った、あれが貴様の趣味なんだな」

「いやいやいや!あれはルークが自分で選んだんだ!」

「デザインは同じでも、腹の隠れる上着とかあるだろうが!」

「いや、あれ以上あったら困るだろ」

「何が」

「ボタンが」

「…誰が困るって?」

「ルークが」

ボタンを留められないルークななさいの話。

end.

たとえそれが吐息の一つでも

(アッシュXルーク)

アッシュが片割れの部屋に訪れた時、風呂上りのバスローブを羽織った状態を惜しげもなく晒し、メイドに髪の手入れをされている姿がそこにあった。

思わず、乞われて持って来ていた初歩的な経済学の本を落としそうになる。

「あ、アッシュ!本持って来てくれたんだな、有難う!」

花の匂いを撒きながら、ほんのりと色づいた肌を晒しながら、無邪気に笑う片割れに、額を押さえ思わず深いため息を吐き出してしまった。

――相変わらず、こいつは。

何も判っちゃいない。

アッシュの登場により、手早く終わらせたメイドが挨拶をして退室する、それをドアの閉まる音で確認して、アッシュの持って来た本を受け取ろうと腕を伸ばして来るルークの頭にこつりとその背表紙を当てた。

いた、と小さく呟いて頭を抑え、上目遣いにこちらを見上げてくる様に、自然と眉間に皺が寄る。

「自分の髪くらい、自分で手入れ出来ないのか」

帰還して以前のように伸びていた髪を切るな、と言ったのは確かにアッシュ自身だが、手入れくらい自分でやるだろうと思っていたのが馬鹿だった。

常に彼は、自分の予想の斜め上を行くことを忘れてはならない。

アッシュの言葉にルークはああ、と声を上げる。

「自分で出来ないこともないけど、何か放って置けないみたいだな」

まあ、無理に仕事を奪うこともないだろ。

そう言って鮮やかに笑う。――本当に、判ってない。

「…俺はそれじゃ済まねえんだよ」

ため息と共に手にしていた本を机の上に放り、座ったままのルークへと覆いかぶさるように僅かに上体を屈め、手入れされたばかりの艶やかな朱金へと指を絡ませる。

冷たい感触の、けれど滑らかなそれは、アッシュのものと比べると些か柔らかすぎる、と触れるたびに感じるがけして不快ではない。

「知ってるか」

指に髪を絡めたまま、視線を合わせて問い掛ける。

どこかあどけない様を残した表情で、何を、と問い返しているのがその透明な色をした瞳から伝わって、その目の前で指に絡めた髪に口吻けて見せた。

「髪へ触れるというのは、セックスを済ませた段階で行うものなんだ」

「……な…っ、!」

瞬間、言葉を詰まらせて赤く頬を染める、その顎を捉えて今度はその唇を貪るように口吻ける。

離れた唇から零れるのは敢え無き吐息。

濡れるその唇をなぞるように舌で辿って。

「お前は、髪一筋さえ全部俺のものなんだよ」

end.

祈り

(アッシュXルーク)

伸ばされた手は赤子のようだった。

アッシュ。

アッシュ、頼むから。

――行かないで。

自分に魂という名のものがあって(意識と呼ばれるものが胸に無くとも胸が痛むように、そんなものがあるのなら)、肉体という器を離れてどこかへ、そうたとえば音譜帯の第七層へ行こうとしていたとして、それを留めるように伸ばされた腕は、赤子のように純粋で無垢でひたむきな願いを宿していた。

アッシュ、なあ頼むよ。

お願いだからここにいて。どこにも行かないで。

その伸ばされた手の温度は温かかったから、まあ少しだけならいいかと思ってその手の中に留まれば、その手はまるで宝物のように自分を抱き締めた。

彼は、そして自分は何だかそれに満足してしまったようで。

まるで初めから共に在ったかのようなその温度に、ただ深く安堵した。

お前がここに居てくれれば、それで何も要らないから。

気がつけば波の音が響くセレニアが群生する場所で、月の下立ち尽くしていた。

抱き返そうとした腕は宙に伸ばされたままだ。

end.