裏切りも、『傍に』という願いも、赦してもらって。

 毎日が、恐ろしいくらいに幸せな中。

 問題が…ある。

 今の自分と昔の自分を比べた時のギャップに、時折戸惑う。

 昔は、生きていくのに何が必要で、何が要らないことなのか。

 要らないものを、切り離していって。

 必要なものだけを追い求めれば、『特別』になれると、思っていた。

 そのために色々、切り捨てていって。

 主に感情を。

 利益にならない行動を、一切拒絶した。

 …ところが今の自分ときたら、一つの事に拘って、それに集中…というよりも、意識を奪われていることが多い。

 二人だけだったら、なおさら。

 昔の自分が見たら、『何をぼけっとしてるんだ』と詰られそうな、状態。

 …何だか気が緩んでいると言うか…。顔が緩むと言うか。

 ――…かなり、頭が悪くなった気がする。

 …頭の悪い参謀なんて最低だ。

 客観的になるべく自分を見ようとして、多少気を引き締めようとするのだが、その決意も虚しく、気が付いたらじっと、見惚れている状態。

 こんな事を考えている今でさえ、書類を渡すその際に、ふと目に入ったその姿に綺麗だな、と思う。

 顔だけでは無くて、伏せた睫の影も。銀色の、美しい髪も。すらりと伸びた背筋も。書類を支える指も。

 魔法も使えるのに、敢えて剣を扱う彼の指は、それでも武骨な感じはなくて。

 継承戦争の時、訓練の際、手に傷がついてもマメが出来てもイヤだったから、手入れにはかなり気を使った。その甲斐あってか、それとも生まれつきか、指は長く、一度も剣など振るったことが無いかのように、細い。

「…何を見ている」

 暫く動きの止まった俺を変に思ったのだろう、顔を書類から上げて視線を合わせてきた。

「どうかしたのか?」

「…いいえぇ。何でも」

 にっこりと笑んで見せれば、かなり疑わしそうな視線を向けて来る。

 隠すつもりは無かったから、その問いかけも含む視線に答えるべく、プラチナ様の背後に移動し、その細い身体をそっと抱きしめ、良い香りのする髪に顔を埋めた。

「綺麗だな、と思って見ていただけですよ」

 びくり、と敏感に反応する身体。そのイイ感触に、抱きしめる腕の力を、少しだけ強くする。

「…前から思っていたんだがな、男に『綺麗』という表現はどうかと思うぞ」

 怒ったように、それでいて少し照れたように言う、その姿に思わず微笑んで。

「何を言ってるんです?『プラチナ様』が、『綺麗』なんですよ」

 一言一句、言い聞かせるように、耳に直接囁いた。

 体温が低いから、少し身体が熱くなっても判りやすい、と、教えてやるべきだろうか?

 それに、白い項や耳朶がほんのり染まる様は綺麗だとか。

「……おだてても、何も…」

「何か強請ったこと、ありましたっけ?」

――…無い…」

 問い掛ければ、小さく首を振る。

「じゃあ、今日は珍しく強請ってみましょうか…?」

 ゆっくりと、抱きしめている腕を動かして、プラチナ様の身体をこちらに向くように促す。

 俯き加減の顔は、少し困ったように見える。

 薄く染まった頬に手を当てて顔を上げさせて。

 そっと、神聖な儀式かの様に、唇を奪った。

 …何が一番の問題って。

 たとえ昔の自分に呆れられようと。

 あなたに見惚れている毎日でも。

 そんな自分が、嫌いじゃないと言うことだ。

 何も、切り捨てる必要は無い。

 あなたさえ傍に居れば、他に何も要らない。

 生きるのに必要なのは、ただ、あなただけ。

 昔の自分と違うのも、仕方が無い。

 天上にあなたは居なかったのだから。

end.