不意に、窓から入ってきた風で、長い銀の髪が揺れ手に持っていた書類に掛かる。
それを払いながら、背後を振り返り、開いたままの窓を閉めようとした。
その時、ふと思う。
いつからこの窓は開いていただろうか。
――そうだった。
随分前に飛んでいった鳥が、いつ帰ってきても良いように、ずっとこうしているのだった。
いつからこうしていたのだろう。
随分前からこうしているから、不意に忘れてしまう。
普通では、窓は閉まっているのが当たり前のように、俺の中では開いていることが、当たり前で。
何故開いているかなんて、暫く考えてなかった。
鳥は帰ってこない。
白い羽根は空を羽ばたく為にあるのだから、この部屋には帰らないだろう。
それを知っているのに、まだ窓を開けたまま、ずっと待っている。
一緒に行けたら良かったのだけれど、俺の背中には生憎羽根は無いから、待っている。
飛び立った鳥は帰る約束など、しないのだけれど。
以前は何度もメイドが閉めてしまうのを、何度も開け直した。
今では、誰もこの窓を閉めなくなった。
無用心だと皆に言われたが、それでも未だ眠る時ですら、開けたままでいる。
開けた窓の窓際にランプを一つ置いて。
――道標になるように。
迷わず帰って来れるように。
その灯りを見ながら、いつも眠った。
――…いつから、こうしているのだろう。
かたり、と耳に聞こえた僅かな音に、眠っている意識がぼんやりと浮上する。
目を開けるが、朝の眩しい光に部屋の中が良く見えない。
…目を開けている、と思っているだけで、本当はまだ微睡んだ状態で、夢でも見ているのかもしれない。
白いレースのカーテンが、開いた窓から入ってくる風でふわりと揺れて。
ふと、間近でここではないどこかの、風の匂いがした。
ベッドの端、枕元に重みが掛かり、久しく途絶えていた髪を弄ぶ感触がして、漸く緩々と瞳を上げ、そこにいるモノを見詰める。
自然と、微笑んだ。
…ああ。
ああ、なんだ。
やっと、鳥が帰ってきた。
白い羽根に、ここではない場所の風の匂いを纏って。
end.