青色。
空の瞬きとも言える、反射から成るその色は、美しい色彩をしている。
朝焼けの透き通る色も、夕焼けの淡い色も。
須らく同じ青であるのに、その表情は一度たりとも同じ日は無く。
美しい日。
海すらも、空の反射でしかなく。
それよりも最も美しい色を、知っている。
その青は、最も美しい色をしている。
水のようなと例えて、水には色が無い。
やはり彼は空なのだろう。
その人の青は、何を反射して成るのだろうと思う。
長い光を受けて輝く銀の髪は、恰もその役目をしているようだし、
その姿かたちは、反射したものを彼自身に美しく反映させているかのようで。
他の誰が、この酷い世界の本当の姿を忘れても。
彼だけはそれを失わないかのように。
ただ静かに。
何かを見詰めて反射する。
その見詰める視線の先には、
雲が映える程の、澄み渡る空であったり、
名も知らぬ花が咲いていたり、
鳥が戯れていたり、
穏やかに、風に枝や葉が揺れる木々とか、
赤い瞳の兄や、
その参謀が作った食べきれないほどの茶菓子、
それから、周囲を騒々しく囲む魔人達だったり、
……自分が、いたり、した。
この季節を美しい季節、と言ったのは誰だったか。
美しい色。
美しいひと。
指の先までその感情で埋め尽くされ満たされる、感触を知っている。
胸は満たされるのに、伝える言葉を失う。
その時体の中で、青を反射しているのだろうと思う。
その感情が、彼の青色によって引き起こされたものならば。
指の先から、感情とそれにまつわる想いが伝わらないかと手を強く握ったりもした。
時折、自分の背中をするりと労わる様に撫でた、優しい手を、強く。
彼は、気まぐれに自分が強く握った手を、そっと握り返して、ふわりと微笑んだ。
想いを、反射するように。
言葉は短くて、この感情が伝わるものなら何でも良い。
彼のように美しくなくても良い。
感情を持つ言葉として、彼の耳へ届けば良い。
空は瞬きを続ける。
青を反射している。
その青色の許で。
「さよなら」
そう言うと彼も微笑んで、いつもの声音でああ、さよなら、と短く答える。
彼の最期の微笑みと言葉。
自分の膝に彼の頭を乗せ、眠るように、瞼が彼の美しい青を閉ざしてしまうその瞬間を、ただじっと正面から見詰めていた。
彼の呼吸が止まるまで。
呼吸の止まった彼の身体は、もう何も反射しない。
光も、音も、風も、――…この想いも。
だが。
この自分の中の感情は、確かに残ったまま、青を感じさせる。
見上げた空は瞬きを続ける。
ただ、最も美しい青が無い。
自分が知覚した時から、『世界』というものを確立し、成り立つならば。
自分の視覚出来るこの世界に、
自分が確立した、この『世界』に、その青の反射が無くなるということ。
永遠に『世界』はあの美しい青色を喪ったのだ。
『世界』はあなたに包まれていた。
――……ああ、この『世界』はあなたで出来ている。
私もあなたで出来ていた。
end.