「プラチナ~、今日は父上のお部屋で一緒に夕食を摂って、一緒にお風呂に入って、一緒に寝よう。部屋にお土産が一杯あるんだよ」

 夕食を摂りにジェイドがプラチナを抱えて部屋から移動している際、珍しくベリルが廊下の奥から声をかけてきた。

 いつも突然居なくなって、突然帰ってくる彼は、挨拶も無しにそんなことを言い、ジェイドに抱えられているプラチナの手を取って軽く握る。どうやら、それが挨拶らしい。(しかも、プラチナのみ)

「おや、良かったじゃないですか、プラチナ様。珍しくお父上が育児に精を出されるそうですよ」

「何か言ったかい?」

「またまた、こんなに近距離で、まさか耳が遠くなったわけじゃないでしょう」

 にこやかに笑みながら毒を吐くジェイドをじろりとベリルは睨む。

「おや、怖い怖い」

 と、怖がって見せるものの、髪の毛一筋ほども思っていないような声で、首にしがみ付く感じで抱き着いていたプラチナをぺりっとはがし、床に優しく下ろす。

 床に下ろされたものの、まだ戸惑っているプラチナからジェイドはあっさりと手を離すと、プラチナに向かってにこりと微笑んだ。

「じぇいど…」

 ジェイドが本気なのが判って、プラチナの瞳がじんわりと潤うのを遮るように、プラチナの頬をそっとジェイドが撫でる。

「それじゃ、また明日の朝お会いしましょう、プラチナ様」

 出来ますよね?と、プラチナはジェイドの瞳に確認される。

 ジェイドは鍵をプラチナに与えたが、別に言葉として『一緒に寝ても良い』という許可を出した訳ではない。あくまでジェイドは『部下』として、『上司』のする事に逆らわないでいる、という態度でいるだけだ。

 小さなプラチナにそんな難しいことは判らないが、ジェイドがこうやって言葉で『今日は父親と寝る』ように言っているのだから、それを守らなくてはならないと思う。

 言い付けを守らないと、ジェイドが怒ってしまうような気がして。

 もしかしたらお仕置きに、鍵を取り上げるかもしれない。ジェイドに嫌われたくない一心で、プラチナは複雑な表情のまま、こくりと頷いた。

「それじゃ、プラチナは貰ってくよ~」

「はいはい。夜更かしさせて、風邪なんてひかせないで下さいね」

 ジェイドが見送っている間ずっと、ベリルの手に引かれて、何度も振返る姿は、まるで人買いにでも連れられているようだった。

* * *

 翌日。

「じぇいど、あさだぞ、おきろ」

 もぞもぞと、腕の中で温かい気配が動いて、軽く胸を叩く刺激に起こされた。

 緩々と瞳を開ければ、カーテンの隙間から漏れる朝陽に銀糸の髪を輝かせたプラチナが顔を覗きこんでいる。

――…プラチナ様…?…何故、ここで寝てるんです…?」

 今更、頭に浮かんで来た疑問を口にした。

 昨日、ベリルと一緒に寝るように言ったはずなのに。

 当のプラチナは、ジェイドの問いにきょとんとして首を傾けた。

「じぇいどは、『あしたのあさ』っていったぞ?」

「言いましたけど…」

「いまは『あさ』だ」

 ――……どうやら、小さなプラチナの中では『朝なら来ても良い』という解釈になったらしい。

「とりにえさをやりたい」

 布団から起きあがって、窓の向こうのベランダを見ているのは、きっとプラチナが鳥達の囀りで目を覚ましたからだろう。

 まだ鳥がそこに居るか、気になっているのだ。

「いや、あのですね…」

「おんしつにもいく」

 温室には、植物の水をやりに通っている。時折、庭師の手伝いらしきことも出来るのが、プラチナには楽しいらしい。

(あーあ…)

 ベリルが何と言ってくるやら。

 頭痛を覚えながらも、ゆっくりとベッドに体を起こす。

 一足先にプラチナが窓を開き、ベランダに出たその時、風が強く吹いたかと思うと、ベリルがベランダに降り立った。そのままプラチナを捕まえて寝室に入ってくる。

 寝室に張っている結界も無視。破壊、ではなく完全に術自体が否定されている。

 ベリルはいつもの様に微笑んでいるようだが、瞳は笑っていない。

「…何で、プラチナが君のところで寝ているのか、教えてくれないかな」

 静かに低い声を出すベリルは、二日酔いと寝不足でご機嫌斜め全開の様子だった。

 どうやら、朝気がついてから探し回っていたようで、突然プラチナが消えたから、流石のベリルも焦ったのだろう。

「プラチナも、起きたら居ないから、探したじゃないか」

 ベリルの怒った表情と声に、プラチナは不思議そうな顔でベリルを見上げると、

「…どうして?」

 ぽつりと、ベリルの怒りに対して静か過ぎるほどの問いを返した。

 プラチナの発した言葉にベリルは絶句し、固まる。

「どうしてって…」

「あにうえはさがさないぞ?さふぃるすも。ちゃんと、ここにくるぞ」

 あどけない視線と言葉に、ベリルは恐らく二日酔いだけではない頭痛を覚えて顔を顰め、こめかみを押さえながら言葉を発する。

「……ちょっと待って。お父さんは許さないよ、プラチナ。一体全体、いつからここは上司と部下が同衾するようになったんだい」

「『同衾』だなんて、何だか響きが淫らしいですねえ…」

 ベリルが大きく開けたままの窓から、早朝の僅かに水気を含んだ匂いの空気が入り込み部屋を冷やしていくのに、実に嫌そうな顔で夜着にガウンを羽織ったジェイドがあくびをかみ殺しながらのんきにそんなことを言う。

 ジェイドの発言もしくは態度がキたのか、ベリルは勢い良く振り返って声を荒げる。

「じゃあ、何でこんなことになってるんだい!」

「『部下』の部屋の鍵を、『上司』であるプラチナ様に預けているだけですよ」

 ねえ、とにこやかに笑い首を傾げてプラチナに同意を求めれば、何も判らなくともプラチナはこくりと頷いて見せた。そのまま、ジェイドの方へと向かおうとするプラチナの腕を掴んでベリルは引き留める。

 じっと睨むように見詰めても、ジェイドは相変わらずどこ吹く風、といった状態だ。

「どのように使うかは、プラチナ様次第です。私に断ることなど出来ません」

 何といっても『上司』のすることですし。

 にこりと、わざとらしいくらいの(実際はわざとだ)笑みを見せるジェイドにほのかな殺意のようなものが芽生えても。

 ベリルに罪はないに違いない。

「大体君、父親に対してその態度はなんなんだい!」

「貴方のような父親は持ったことがありませんよ!」

 その後、城の一角が大惨事となったことは言うまでもない。

end.