憧れていた
■ If: ジェイドがもし作家という設定だったら。
隣室を隔てるベランダの防火扉がいつから開かれていたかは記憶に無いから、きっと最初からそれは開かれていたのだろう。
前の住人と彼の間で了承の上、最初から開けられていたのか。
もしくは、入居のリフォームの際に、施工業者の都合で開けてしまったのかもしれなかった。
その扉は閉じられないまま、今も互いの間を隔てることは無い。
朝から夕方まで学校に通うプラチナと隣の部屋に住む彼は、滅多にマンションの外で会うことは無い。
逆に、もし偶然出会うことがあるなら、声を掛けられても、暫く判らないのではないかと、隣に立つ彼をちらりと見ながら思う。
彼と顔を合わすのは、殆ど夜だった。
大抵、煙草を吸いながら眼下に広がる夜景を眺めて、何かしら考え事をしているような気がする。
もしかしたら、何も考えずにただぼうっとしているだけなのかもしれなかった。
眼鏡と言うのは便利な道具だな、とプラチナは思う。
プラチナが隣に立つ時は煙草を消してしまうから、彼の邪魔をしている気がするが、「お茶を入れますからお話ししましょうよ」と言われれば、立ち去り難い。
結局ほぼ毎晩、夜のお茶会をすることになってしまう。
いつからだろう、と最近、気が付いたら考えている。
いつから自分は、――――
「月が青い」
不意に黙っていたジェイドが、ぽつりと呟いた。
その呟きにプラチナも月へと視線を遣れば、確かに青く白く光る月が暗闇の中、光を放っている。
壁に預けていた背中を離し、手摺へと寄り掛かるジェイドの背中に視線を移した時、タイミングよくジェイドが振り返って、どきりとした。
ジェイドはプラチナへ体ごと向き直ると、にこりと笑って。
「――まるであなたみたいですね」
それを告白の言葉だといったのは、誰だったか。
end.
ポケットにしまった君の笑顔
■ If: もしジェイドが作家と言う職業だったら・2
今時、カメラ機能の無い携帯なんて無いだろう。
もともと写真に興味など無かったし、手に入れた当初はそんなもの何に使うんだ、と思っていたが、撮りたい対象を得た今では、なるほど、確かに便利だと感じている。
自分の記憶だけではなく、こうして保存しておきたいものもあるのだ。
目の前では無防備にも転寝を始めてしまった、隣の部屋に住む麗人がいる。
休日の昼間に、こうやってきちんと会うのは初めてだった。
いつもの、決まりごとのような夜のお茶会も悪くは無い。
月光の下で見る彼は美人率20%増しだし、風呂上りというオイシイ状態の時もあるし、何より夜という時間は少しだけ、打ち解けた会話も可能にする。
だが、夜は短い。
折角隣と言う幸運に恵まれた、それを有効活用しない馬鹿ではないつもりだったから、勉強を見るという口実を作って休日に会う約束を取り付けた。
勉強を見るとは言っても彼は優秀な人だから、採点するのに時間も掛からない。
軽くチェックをして、この後は外で食事でもするか、と思い顔を上げれば、プラチナはいつの間にかテーブルに置いた腕を枕にして、静かに眠っていた。
日当たりの良い場所に座らせていた所為もあったのか、初めて入る部屋でここまで無防備な姿を晒す彼に思わず笑む。
他の人間なら叩き起こすかもしれないが、彼なら起こすのも躊躇われた。
やはり、眠っている時は普段よりも幼い顔になる。
寝顔を見詰めつつ綺麗に伸びた髪へと触れ、指に絡めて暫く感触を楽しんだ後、頬に掛かる髪を払う仕草の流れで頬を撫でると、擽ったいのかそれとも別の理由からか、プラチナが微笑んだ。
思わずその鮮やかな表情に見惚れる。
いつもは無表情に近い彼が、こんな風に笑うのを見るのは初めてかもしれない。
は、と我に返って、寝室から毛布を取って来ようと立ち上がった視線の先に、黒くメタリックな色を放つ、自分の携帯が目に入った。
* * *
『隣のお兄さん』という立場の人はしないんだったかな普通、と気が付いたのは部屋を出てから。
このままではマズイか、と立ち止まって考えること数秒。
「……ま、いいか」
悪用するわけでもないし、ましてや『普通』におさまる予定もないし、とパタンと音を立てて携帯を閉じる。
ジェイド=デイヴィス、他人に厳しく、自分に優しく。
end.
根の部分では自分に何より厳しい人だと思っています。
夢の中でも、君のそばに
■ If: もしジェイドが作家と言う職業だったら・『日記リレー』前に公開していたもの。
本を読むのに熱中して、ずっと同じ姿勢で居た所為か、体がどこかぎこちない。
時計に目をやると、日付が変わってもう2時間も経っていた。
明日も授業があるなら、プラチナも急いで眠りにつく必要があるが、創立記念日で休みだ。
少しぐらい寝坊しても良いだろう。
気分を変えるため、外の空気を吸いにベランダへ出ようと窓を開けた途端、煙草の匂いがした。
「おや」
声に横を向けば、隣の部屋の住人が微笑みながら、ひらひらと手を振っている。
社会人なら明日も仕事だろうに、こんな時間にまだ起きているなんて変な奴だと思っていると、機嫌が良さそうに声を掛けて来た。
「随分、夜更かしなんですね。寝なくて良いんですか?」
「明日は休みだ」
「そうなんですか?学生さんは良いですねえ」
「そう言うお前こそ、寝なくて良いのか?」
「うーん、まあ、もう少し」
曖昧な返事の合間にも、紫煙はゆらゆらと空気を漂う。プラチナは風上に居た為、煙はこちらに向かない。
ただ、風に流されなかった煙草の匂いが、プラチナの長い髪に残る。
「不健康だな」
「ああ…そうですね。こんな大人になっちゃ駄目ですよ」
にこりと笑うその表情に、思わずこちらも軽く笑う。
「反面教師と言う奴だな」
「言いますね…で、何してたんです?」
「本を読んでた」
プラチナの言葉に、へえ、と少し興味のあるような相槌をして、左手に持っていた灰皿へ灰を落とすと、問い掛けて来た。
「…最近流行ってるアレ、読みました?」
最近流行っている本と言えば、書店から口コミで広まって、映画にまでなったもののことだろう。
「ああ…あれか。――読んだ」
「感想は?」
「…良く判らない」
「どのあたりか、訊いても?」
「最後の部分だ。結局…」
そこから言葉は継げなかった。
言いたいことを纏めるには、まだ読み返したりない部分もあるし、それに、時間を置いて読めばまた、自分の中の答えが変わりそうな気がして。
言葉を捜して黙っているプラチナの、その様子を同じく黙って見詰めていたジェイドが、不意ににこりと笑んだ。
「また今度、聞かせて下さい。あなたの感想が纏まった時にでも」
「ああ、うん…」
「それじゃ、風邪を引いたらいけませんし、もう戻りましょうか」
そう言って、ジェイドは灰皿に煙草を押しつける。
二人してお休みを言った後で、ジェイドが部屋に入る寸前、あ、と呟いて体を戻して来た。
「良かったら明日、お昼を一緒にどうです?」
「…判った」
「じゃあ、明日12時にお迎えに行きますよ」
そう言って、ジェイドは部屋の中へと消えた。
プラチナも顔だけ出していた窓を閉める。
ベッドの中へ入った時、やはり身動ぎした自分からジェイドのタバコの香りがした。
end.
左手の薬指は予約させて
誰が決めたんだ、そんなの。
さぁ、誰でしょうね。
でも、どうでも良くないですか?
知ってなくちゃ、する権利がないって訳じゃないんですから。
だからといって、こんな街中で、
仕方が無いでしょう、この季節、
どこにだってクリスマスツリーがあって、
やっぱり宿り木の飾りなんかがあったら、
キスしないなんて、勿体無いでしょう?
お前、そういう思惑があって…
まさかぁ。
でもどこに行ってもあるんですから、目の毒、と言いますかなんというか。
しかも夜になったらライトアップされてムード満点、
その気に嫌でもなっちゃうというか。
……お前のその物言いは、ムードが台無しだと思うがな。
だって、いきなりする訳にはいかないでしょう?
さぁ、もう黙って。
いつまで経ってもキス出来ないじゃないですか。
end.