「はい、じゃ、プラチナ様、この生クリームを泡立てて下さいね❤」
「………」
泡立て器を手渡され、思わずまじまじとその機械を見つめた。握りの部分にスイッチがある。
(…これを押せば、動き始めるんだな。なるほど……って)
「サフィルス~、こっちはどうするですか~?」
「うーん、もう少しですかねぇ。このままもうちょっと煮詰めてみて下さい」
プラムが甘酸っぱい匂いのする何かを煮立てているのをサフィルスは覗き込んで、軽く小さな鍋を回すその背中にプラチナは途方にくれて視線をやった。
「…サフィルス」
「はい?どうしました、プラチナ様」
「何故、これを泡立てなくてはならない?」
「え?そうじゃないと、ケーキ出来ませんよ?」
尋ねたのはプラチナなのに、逆に不思議そうな顔をされてしまう。
「さあさあ、プラムさんの方が出来上がるまでに、泡立てて下さいね~」
促され、何だか責任問題のような気になって、プラチナはとりあえず泡立て器のスイッチを入れた。
* * *
プラチナが放課後言われたとおりに家庭科室の方に顔を出すと、サフィルスとプラムが調理台を挟んで何か本を前にああでもない、こうでもないと話しているところだった。
サフィルスに声を掛けると、二人は同時に顔を上げてプラチナを中に誘った。
『プラチナ様は、甘い物が苦手なんですよね?』
『あ…ああ…』
突然そんなことを言われて、良く判らないままプラチナは頷いた。それを見て、サフィルスは少し困ったように本を見直す。プラムは身を乗り出して本の中を指差した。
『でもでも、これが美味しいです~!』
『それは初心者には難しいですよ…あ、これなんかどうです?果物を多く使いますが、砂糖に気をつければ…』
『それより、こっちの方がいいです~』
『じゃあ、これにしましょう』
そう言って、サフィルスとプラムは立ち上がり、ガタガタと準備を始めて。
『あ、プラチナ様、申し訳ないのですがこれくらいの鍋が、黒板前の調理台の下にありますから、取ってきて頂けますか?』
『…ああ』
『ついでに、その調理台の上の引き出し部分にゼラチンが入ってるんで、それもいいですか?』
『…上の引き出し…? どこだ…?』
済崩し的にケーキ作りに参加することになってしまった。
(…こう、強引だと…、兄上も手伝うだろうな…)
プラチナはこれから何のケーキが出来上がるかも知らないまま、ひたすら生クリームを冷やして泡立てる。途中サフィルスがレモンの絞り汁を足して、様子を見た。
「うん、まぁ、そんなものでしょうか」
それじゃ混ぜますねー、とサフィルスは自分がかき混ぜていたものとプラチナが混ぜていた生クリームを足していく。
「プラチナ様、これこのゴムベラで混ぜてて下さいね。プラムさん、そっちの粗熱は取れました?」
「取れたです~」
実に楽しそうに二人は作業をしているのだが、プラチナにしてみれば本当に何故自分がここでこんな事をしているかすら判らない。口を挟もうにも、とにかく目の前の液体を混ぜあわせるのに必死で。
「プラチナ様、もういいですよ。今度はこれをそちらに混ぜますから」
サフィルスは別の調理台に小さな器を用意してから、プラチナの持っているボールにプラムが煮詰めていたラズベリーソースを入れて、軽くかき混ぜる。それから直ぐに器に入れて行くが。
「あ…あれ?器が小さかったかな…。プラムさん、この器がまだあるはずですから、持ってきて下さいますか?」
サフィルスの言葉に、プラムが不思議な足音を立てながら食器棚に向かって行く。
「いくつぐらいいるですか~?」
「ええと…あと、3つぐらい…ですか?」
「はいです~」
プラチナの役目は終ったらしい。ぐったりと椅子に座って二人が器を冷蔵庫に収めていく様子を見守った。プラムが冷蔵庫のタイマーをセットして、出来上がるのを楽しそうに待ち始める。サフィルスはその様子を微笑んで見ながら、紅茶を煎れるべく薬缶に火をかけた。
「お疲れ様でした。これで冷えて固まったら、食べられますよ」
「それで、サフィルス…本題に戻るが…」
「本題?」
心底不思議そうに首を傾げられて、どっと疲れに襲われ、プラチナは俯きため息をついた。
「…俺は菓子作りに協力するために、ここに来たのではないんだがな…」
「ああ…でも、私もずっと本題でしたよ?」
「何?」
プラチナに微笑んで見せて、紅茶の用意を始めるサフィルスを、意味が判らなくてプラチナは視線で追う。
「あのケーキをアレク様やお友達に差し上げれば、皆さんの機嫌なんてすぐに直っちゃいますよ」
「プラチナが一生懸命作ったって言えば、きっとわかってくれるです~」
プラムも振り返って、プラチナの顔を覗き込んで来る。プラチナは二人が自信を持って言う程、何かをした記憶は無い。言われた通りに材料を揃えて、gを測って、ひたすらかき混ぜていただけだ。
…誰がやっても出来ることばかりのような気がする。
そんなことをしたからと言って、アレクの機嫌が直るとは思えない。
「しかし…俺は特には何もしていないが…」
「大丈夫ですよ。きっと上手くいきますから」
「出来上がるのが楽しみです~」
嬉しそうな二人に継ぐ言葉が無くなって、プラチナは自信無くよりいっそう項垂れた。
* * *
「…凄く美味しいです。初めて作られてこれなら、さすがプラチナ様ですね」
「上手なのです、美味しいのです~」
冷蔵庫で充分冷やされて出来上がったレアチーズケーキは、9個あった。白とピンクのマーブル模様に仕上がったそれを、早速二人が味見したのだが、二人とも実に美味しそうに食べているのを見て、プラチナは少し安心する。
甘い物が好きな兄の事だ。これで機嫌が良くなるとは思えないが、話し掛けるきっかけになれば良いと思う。
「それにしても半端な数が出来たな…」
残り7個。
「兄上と…ロードと、ルビイと、カロールと…」
まだ3つも余る。二人が手伝ってくれたのだから、いらないと捨てる訳にはいかない。暫くプラチナが考えていると、サフィルスが助け舟を出した。
「いつもお世話になっている方にも、如何ですか?」
「…じゃあ、ベリルと、…ジルと…。…まだ余るな…。プラム、いるか?」
「ちゃんとプラチナが食べるのです~!」
「いや、俺は甘いものは…」
「――…ジェイドは、どうですか?」
サフィルスの言葉に、プラチナは目を見張って。そして嫌そうに顔を顰めた。
「…あいつの所為でこんなことになってるんだ。あいつにやる必要は無い」
「そうでしょうけど…一人だけ仲間はずれみたいで、ちょっと変でしょう?」
そう言われて、プラチナの言葉が詰まる。
「ジェイドは仕事って言ってますが、プラチナ様が保健室を一番利用してる訳ですから…」
「――…それはそうだが……」
言われる事は最もだが、プラチナはとても素直に頷けない。
ジェイドには、世話になっているかも知れないが、見返りを求められるし。
大体、嫌な目に合わされている人間が、その元凶にそんなものをやる義理など、無いだろう。
「…あいつに借りは無い」
「そう言わずに。せっかくですし…このまま、余らせるのも勿体無いですから」
プラチナは、「勿体無い」という言葉に二人が折角手伝ってくれたものだから、という気持ちが強くなって。
渋々、頷いた。