「占星術といえば現代では俗なもの、娯楽的な大衆文化の一種として認知されているが、そもそもは古代バビロニアで行われた大規模な天体観測が起源の、自然科学の一部。社会や人間の在り方を経験的に結び付けて占う技術だ。将来的には天文学と別れるが、胎は同じ。例えば木星などは、紀元前8、7世紀頃でも観測していた」

 あれだな、と灯りを消した部屋、光る鉱石が入ったランタンの灯りが手元をぼんやりと照らす中、天井に映し出された夜空に見える、月の近くの大きめの星をひとつ、指さす。

 月の傍には金星、そして獅子座のレグルスがあった。

「今から五千年ほど前に古代バビロニアで考えられていた宇宙は、マルドゥク神が創った『天球』と呼ぶ巨大な丸天井に、星々が張付いている、とされるものだった。そこを毎日、太陽神シャマシュが朝は東の門を開けて山の彼方から現れ、夕方になると西の門から去っていくわけだな」

 マルドゥクの名は知っていよう、という彼に頷く。ティアマトの体を使って天地創造をした神だ。

 ギルガメッシュの口から、彼が生きていた時代の神の話を聞くのはとても興味深い。興味深いけれど、大変申し訳ないことに、今はまったく頭に入ってこない。

「最も注目したのは、天球をさ迷う惑星の動きだな。星とは全く違う動きをするゆえ、惑星の行動を記録するために黄道十二宮を作り出した。

 火星は軍神ネルガルに対応するなど、天の星々と神々を結びつけ、天の徴が地上の出来事の前兆を示すという考えも生まれた。その前兆をまとめたものを『エヌーマ・アヌ・エンリル』という」

 王様の部屋の隅、抱えた両膝越しに図書室から借りてきた、星図盤に目を落とす。

 ダメだ。もう耐えられない。立香は玲瓏と流れるギルガメッシュの語りが一息吐いたところで、恐る恐る挙手をした。

「あの。王様、お話があります」

「なんだ。申してみよ」

 ベッドに横たわった姿勢で、ちらりと視線を寄越してくる、それに思い切って声を出した。

「大事な話をしてくれている先生が全裸だと思うと全く集中出来ないので、なにか服を着て貰えますか…」

 履いてないのが気になって、一向に理解が進まない。

 両手で顔を覆って頼み込む。全然そちらを向くことが出来ない。いやべつに、ブランケットを掛けてるから見えないけども! 体の線がはっきりと分かる感じが逆に艶めかしくて、目のやり場に困る。

 立香の訴えに、ギルガメッシュはにやりと笑って返してきた。

「ほう。貴様は他人の下半身が気になるのか?」

「誤解を招くようなその言い方はやめて下さい! 恥ずかしいんですよ!」

 あまりの言われように、咄嗟に顔を上げて言い返すが、相手はけろりとしたものだ。悪びれもなく、当たり前のような顔で言う。

「我が玉体に恥ずべきところなどひとつもないが。好きに賛美せよ」

「庶民の目が潰れます!!」

 「―――ってことがあったはずなんですけど、どうしてまた服を着てないんです…?」

 今では許されたベッドの中で、星見の授業を受けるべく腰掛ければ、その背後から立香を引き寄せた彼の体はなにも纏っていなかった。

 背中の服越しでも判る、ギルガメッシュの肌の感触をすでに覚えた立香の顔が自然と熱を持つ。こんな状態で勉強など出来るはずがない。とりあえず速やかに離れ、なおかつ服を着て欲しい。

「むしろ何故着る必要がある?」

「えっ、そこから!?」

 ギルガメッシュの訝しむ声に思わず振り返って突っ込んだ。驚いてまじまじと見詰めるけれど、最古の王ギルガメッシュの美貌は相変わらず崩れもしなければ、強烈なほど鮮やかで、金色が目に眩しい。

 そのうつくしいかんばせは、あいにくと実に残念そうな顔をしてため息を吐いた。

「貴様はほとほと、我を呆れさせることには類を見ぬ男よな」

 突然ダメ出しをされてしまった。この表情には見覚えがある。ダ・ヴィンチといい、色んな人に時々されてしまう顔だ。

 立香が首を傾げてギルガメッシュを見詰め返せば、つまらなそうな表情でぺちんと額を指で弾かれた。

「星読みだ何だというのは、お前との時間を取るための口実であろうが」

 そっと潜めた、触れ合う距離でしか聞き取れない艶麗な声音で告げられた言葉に、一度瞬いて。

「あ…あー……」

 急に、猛烈に恥ずかしくなって、立香は脱力し、両手で顔を隠してギルガメッシュへと寄り掛かる。

 この人の言う『夜』には、意味が色々ありすぎて、それが判る度に立香の心臓はどうにかなってしまいそうだ。

 羞恥で悶える様を見ていたギルガメッシュがくつりと喉を鳴らして笑い、問う。

「それで、どうする? 服は要るか?」

 どうするもなにも、言葉で答えられるはずがない。今しばらくは。

 腕の中で赤くなる立香の耳を摘まみ、ゴブレットを弄ぶときのような仕草で頬を、顎を撫でる。そのまま立香の答えは聞かず、衣服へと手を掛け、乱していく。

 その頃にはやっと顔を覆っていた手を外し、立香はギルガメッシュへと視線を向けた。

 赤い、純粋な原始の、命の色をした瞳が、ランタンの淡い光を帯びてきらりと光る。そうしてじっと、立香の行動を待っている。

 立香はギルガメッシュのその頬へと手を伸ばし、そっとキスをした。

end.