「お前は我の最後の男であろう、立香。なにせ我の最期を看取らせてやったのだ」

 いつかの朝に、ベッドに横になったまま頬杖を付いてギルガメッシュはきらきらしく機嫌のいい顔で言った。

 突然告げられた内容に驚いて、思わず飲んでいた水を吹き出すところだった。辛うじてそれを避けた立香は、咳き込みながら振り返る。そういうパワーワードは要らないです。

「別れに手も取らせてくれなくて、何言ってるんですか!?」

 顔を赤くしてペットボトルを潰しかねない勢いで返事を返せば、体を起こし、立てた自分の膝に寄りかかりながらギルガメッシュは思わせぶりな視線を寄越す。

「何を言う。あの時ウルクで生身のぬくもりなどを教えようものなら、お前は独りの夜にさぞ恋しがるであろう。その寂しさを我以外の何で埋めるつもりだ?」

 にまにま笑うその顔ときたら、何と返してもからかいのネタにされそうだ。

 だが言われたことは正しい気がして、複雑な感情を色々と飲み込む。寂しい気持ちをどうやって抑え込んでいたかは、想像が付かない。思い返せば寂しく思う間もなく、ウルクから帰還後王様はすぐにカルデアに来てくれたのだった。

 ギルガメッシュにそんなつもりはないのかも知れないが、すぐに来てくれて本当に嬉しかった。

 なんと返そうかと考える立香を横目に、ギルガメッシュは上機嫌で続ける。

「だが我はとっくに貴様の肌と温度を知っていたがな!」

「えっ、いつ!? どこで!?」

 一体どういう状況だろう。立香には覚えがない。ウルクで触れ合った記憶はまったくないし、共に行動した時間も限られている。いくら全てを知っているという王でも立香の体温は触れずには知るまい。

 見当も付かずに驚く立香の様子に、ギルガメッシュはふふんと得意気な顔をする。

「さて、いつであろうな。あの凍える冥界で四千年を耐えるには、ほどよい暖であったと言っておこう」

 そう言うと、ふ、と赤い瞳を細め慈しむような貌で笑んで、左手でするりと立香の頬を撫でた。

 立香自身の覚えがないような、そんな僅かな触れ合いに、冥界で眠るギルガメッシュを温められるような力があったとは思えない。けれど彼の眠りにはそれが必要なら、そして役目を果たせていたのなら、立香はそれが嬉しい。

 ギルガメッシュの左手に頬を押しつけ、アウラードのように頬ずりしてみせれば、彼は立香の体を引き寄せ自分の体の内側、懐へと抱き込んだ。

 そうして腰を抱いた立香の肩へ顔を乗せて言う。

「まったく、我に長らく独り寝などさせおって、つくづく不敬な雑種よな」

 お陰で暇の潰し方だけは上手くなったがな、と笑うギルガメッシュに、もはや立香は何も言えなくなって、苦笑を返すしかない。

「まあ、お前にとって我が最初の男であろう。特に許す」

 だが、まだ寝台を出ることは許さん。

 そう告げて、ギルガメッシュは腰を抱いた立香ごと山積みの飾り枕の上に倒れ込んだ。やわらかなものに二人の体が沈んで、簡単には起き上がれない。

 二度寝でもするのかと思ったが、多分そうでないのだろう。もしかしたら。もしかしたら、冥界の眠りを思い出しているのかもしれない。

 自分の体温が僅かでも、座にいるギルガメッシュに届くと良い。そう思って、立香も身を捩り向き直ると、彼の体を抱き返した。

「そうでなくても、とっくに最後のですよ、あなたは」

end.