この世界で初めて気がついた時みたいに、唐突に世界が変わる。

今までの、金色の光に包まれていた世界から、一呼吸の間に目の前に暗闇に包まれた大地が広がって、潮風に包まれる。

何度か瞬きを繰り返して周囲の景色を確認すれば、うっそうと茂る森の向こう、夜明けも近い空の下で遠くにぼんやりと見える灯りはカイツールの軍港のものだろう。そしてもっと遠くには、国境を示す点々と続く小さな小さな灯り。

耳を打つ波の音が背後から聞こえる。振り返れば眼下に広がる海、見回せば周りに落ちている朽ち果てた瓦礫、見上げた先の、黒くそびえ立つ影のような、城壁――……

どうやら俺は、コーラル城の敷地内に居るらしい。

ローレライがコーラル城まで俺を運んでくれるとは思ってなかったから、それが判った時かなりびっくりした。それから慌てて見張りがいないか確認して、段差の下にある灯りのない荒れた城門付近に二人、兵士が立っているのに気がついて、慌てて姿勢を低くして茂みの陰へと隠れた。

時間が夜明け前だと思うのは、傭兵としての経験からだけど、ただ、ルークが誘拐されてどれくらい経つかは判らない。

自分の装備を再確認する。布に包んだままのローレライの剣も、腰にも差している。道具袋もちゃんとある。中身も問題ない。

右手を持ち上げて月の光でもよく見えるように目の前に翳せば、グローブのない素のままの手の甲が見える。さっき乖離していた部分が、不思議なことに戻っていた。

第七音素に満ちた場所を通って来たからかもしれない。きっと一時的なものだと思うけど、有り難かった。

それでも髪は切れたままらしく、俺は首筋をちくちくと刺激する髪を払った右手の感触に、改めて視線を移して見詰める。

変なの。『ここ』で貰ったグローブを『未来』に置いてきちまったんだ。

『アッシュ』はあのグローブを「屑が!」とかって棄てるかも知れない。そう思うと酷く後悔した。ルークに申し訳ない。

俺が『アッシュ』の中に還った時、グローブ棄ててたら毎日頭痛起こしてやる!俺が『回線』の時に痛かったくらいの!

そう、未来の『アッシュ』に届くはずのない訴えをこころの中で送ってから。

まだ夜の闇に紛れる今のうちに、行動を開始した。

テオルの森のことを思い出して、今ならあの時よりももっと上手く出来るだろうと、自分自身に確認してから気配を絶つ。

見張りの気配を探りながら慎重に移動する。こういう時に瓦礫が多いのは助かった。

ルークがまだ居てくれることを祈りながら、頭の中でコーラル城の地図を思い出す。

地下はレプリカの作成で使われてるだろうし、その先にあるアリエッタと戦った場所にはいないだろう。じゃあその反対側にある塔の小さな部屋か。――最悪、『俺』と同じ部屋にいるか。

地下の場合は、危険度が増してより多くの人間を相手にする。塔の最上階にある小さな部屋だったら、多分今はレプリカ作成に集中している分警戒は薄いはずだ。

辿り着いた扉を入って、小さな部屋に入る。

レプリカを作るために外から持ち込んだものか、色々何かの荷物が山のように置いてあった。これからなにがあるか判らないし、本当はいけないことだろうけど役に立つモノを探して勝手に物色する。棚に並ぶ食料品や、木箱の中のエンゲーブライスとかパスタの他に、たまに衣料品や毛布みたいなものと一緒に、よく分からない譜業の道具が詰め込まれてたけど。

奥の方の木箱を開けると、グミとボトルが詰め込まれていた。

袋やボトルを手にとっていくうちに、一つだけ違う形のボトルが目に入る。

「……あれ、これ……」

独りなのに、驚きのあまり思わず呟きが漏れた。

一度だけ傭兵の時、商隊の積荷で見たことがある。

気のせいじゃなかったらすっげー高価いボトル。これがグミの形をしていたら濃縮率の違いだとか、手間が掛かってるからとかで、倍近くするヤツ。

エリクシールだ。

え、マジで本物!?

いや、確かに俺が前見た時もこんな感じのボトルに入ってたし、ボトルの底にちゃんとエリクシールって書いてあるし…うわ、すげえ!

こんなものまであるのか、と思いながら箱に戻そうとして。

――もし、ルークに何かあった時にあると助かるよな。

ふと湧いたその考えを前に、迷う時間は短かった。

俺はエリクシールと、見つけたグミとボトルを数種類道具袋へと詰め込んでから、そっとその部屋のドアを小さく開ける。

――と。

上手い具合に目の前の階段を下りていく、オラクル兵の姿があった。

しかも両手には食事のトレイを持っている――この先に部屋はひとつしかない。小さな、何も設備のないあんなところで、食事を作ってるはずがない……ということは、それは持って行ったものを下げて来たんじゃないか?

使用人の生活のおかげで、そういうことはちょっと気がつくようになってる。

持って行った相手は自分から食事を取りに行かないか、行けないかのどっちかだ。

そうして判ることは、ふたつ。

この城の中でそういう待遇を受けるだろう人物は、ヴァン師匠と、――ルークしかいないだろうってこと。

更には、コイツが鍵とか持ってるんじゃないかってことだ。

――偶然で良いから、この考えの半分でも当たっていますように!

そう思いながら、気配を絶ったまま、ローレライの剣を背後から振りかざして。

気絶させたオラクル兵を、さっきの小部屋に引き摺っていって鎧を剥ぐと、そこにあるもので縛り上げて声も出せないようにした後、中身を出した木箱の中へと詰め込んだ。

鎧のあちこち探ってみるけど鍵がない。くそ、やっぱりそう上手くはいかないか。

仕方ない、これ以上時間を掛けたくないし――ヴァン師匠が居るかも知れないから早くここを出たい。一番良いのは、今バチカルに居てくれることなんだけど。やっぱり昼間は捜索隊に混ざってて、夜だけ戻ってくるのかな。……だとしたら、まだ時間が時間だし、ここに居るかも知れない。

そう思うと、一気に焦ってくる。こうしている間にルークをどこかに連れて行かれそうで。

鍵を探すのを諦めて、木箱の蓋を閉めて出した中身を上に置くと、他の兵士に見られても構わないように、鎧を着て塔の最上階へと向かった。

鎧なんて、白光騎士団員の時以来だ。しかもサイズ合ってないし。

途中彷徨く魔物を退けながら、なるべく音を立てないようにして一段一段階段を上って行くと、最上階の部屋に繋がる階段の途中に何か、透明な壁のように立ち塞がって発光する第七音素の譜陣が仕掛けてあるのに気がついた。

これって多分、罠……みたいなものだよな。

ああ、もしかして……ルークが逃げないようにってことか?

じゃあ、きっとベルケンドと同じで、個体振動数に反応するんだろう。それなら鍵も必要ない。

強行突破するか?

そう考えるけど、すぐに否定する。

ルークが逃げないようにだから、罠は殺すほどの威力はないだろうけど、もしアンチフォンスロットみたいなものだったら困る。あれで平気な顔をしてたのはジェイドだからで、解除出来たのもジェイドだからだ。

ぱっと譜陣の周りとか、階段の周りとかを確認するけれど、それらしい装置はなかった。いったん下まで探しながら降りたけど、ジェイドやガイじゃないからソレっぽいもの、が判らない。パッセージリングを回る時に色んな仕掛けを解除したから、俺もそういうのが判るようになってるかもと思ったんだけど、今は焦ってるせいか全然集中出来なかった。

思わず苛々するけれど、一度、深呼吸することで自分を落ち着けてから、手にしているローレライの剣を確かめるように柄を握り直す。

――せめてローレライの鍵の方だったら、拡散とか出来たんだろうけどな。

そんな大事なモノを、ローレライが俺ひとりに与えてくれたりはしないだろうけど。きっと前はアッシュと一緒だったから、宝珠を送ってくれたに違いない。それに今は、宝珠は俺の存在自体をヤバくするし。

後残された手段は、と考えて。

――超振動、か。

確かに細かな調節が出来るようにはなったけれど、今は無理だ。

あと数段。たったそれだけなのに、この壁の所為で行けない。壁の向こうに見える階段の先は暗く、どうなっているかは判らなかった。

どうする、今からこの仕掛けを発動させているものを探して、壊すか?壊せるか?……もしかしたら、騒ぎになるかもしれない。――それで間に合うのか?俺はルークを助けられるのか?

考えるけど答えの出ないこの状況のもどかしさに、俯いて唇を噛む。

焦っても仕方がないけど、このままで居たってどうにもならないのも、同じ。

「……ルーク」

とりあえず、ルークの無事を確認出来ないか。

そう思って、聞こえてるかどうか判らないけど、声を掛けてみる。

周りには魔物しかいない。だけど塔の作り的に声は響くから、そんなに大きな声は出せなかった。

何度、ルークを呼んだか判らない。

下の方の気配を窺って、誰も来ないのを確認してからまた呼んで、時々近づく魔物を追い払って、また呼ぶ。

それを繰り返した時間は、実際は短かったのかも知れないけど、俺にとっては焦りのせいか数時間くらい長く感じていた。

さすがに誰か来そうかも。

そう思って下を身を乗り出して確認した時、コツ、と小さな音がして俺は慌てて顔を上げる。

薄暗い階段の向こうに、見慣れた足先があって、俺は思わず譜陣に触れるギリギリまで近寄って名前を呼んだ。

「ルーク!」

また小さく階段を下りてくる足音が響いて、ゆっくりと降りてくるその様子は、ふらふらと不安定だ。

そうして姿を見せたルークは、熱でもあるのか具合が悪そうに壁に寄り掛かりながら辛うじて立っているみたいだった。

もう一度名前を呼ぼうとして、鎧を着たままなのを思い出してせめて兜だけ取ると、ぼんやりとしていた焦点が、俺に合わされる。そして少しだけ、驚いたのか目を大きく開いた。

「ルーク、大丈夫か!?」

「……どう、して……」

掠れた声で、独り言のようにぽつりと零れたその言葉に、俺は笑って返す。

「どうしてって、助けに来たんだよ。それ以外に有り得ないだろ」

俺がお前を助けない理由がない。

俺が護るべきもの、俺の全部だ。

ルークは俺の言葉に体を小さく揺らして、けれど瞼を閉じたまま深いため息を吐いた。

立っているのも辛いのかも知れない。

ルークの様子に急がないと、と気が焦る。

「なあルーク、これどういう仕掛けか、知らないか?」

ルークは本当にきつそうだった。だけどちゃんと俺の声を聴いてくれていて、額を抑えて首を弱く振る。

ああ、そうか、師匠がルークに聞こえるところで話すわけないもんな。

――仕方がない。

ちょっとだけだから、消えないでくれよ、俺の体。

頼むぜ、ローレライ。

布に包んだローレライの剣の柄を、右手で握り直して、一つ深呼吸する。

「危ないから下がっててくれるか?」

ルークは少しだけ顔を上げると、階段を少し上がって座り込む。

それを確認して、左手を発光する譜陣が作り出した壁に向かって伸ばして、意識を集中していった。

パッセージリングを書き換えるような感じで、この譜陣を構成する音素だけを分解することだけを考える。

フォンスロットを開いて、音素の流れを感じて。

俺の体の第七音素が、ほどける音を聞く。

左手に集中する第七音素の輝きに、ルークが驚いて声を上げたのが判った。

――お前、それは…っ!なんで、……!」

けれど返事をする余裕なんてない。

ルークを絶対巻き込むことは出来ないから、少しでも集中を乱すことは出来なかった。この譜陣だけだ。階段が壊れてもいけない。

小さく、威力も弱く。それが難しい。本来の六割程度とはいえ、超振動は力がもともと大きいものだから。

力の加減に集中する額に汗が浮く。ソレが目に入って視界がぼやけるのが嫌だけど、拭うことも出来ないまま、俺は第七音素の旋律を聴く。

呆然としていたルークが、はっ、と我に返って立ち上がる。

「っ、この、馬鹿!」

「ルーク!? 止めろっ!」

ルークが右手を譜陣へと伸ばしてくるのが視界に入って、俺は焦って声を上げて止めるけど、間に合わない。

伸ばされた手同士の接触は一瞬。

だけどそれで充分だった。

俺が苦労していた制御は、俺より小さな手が触れ合ったそこから自然と誘導される。

たったそれだけで安定し、――そして。

解き放つ、二つの小さな、けれど凝縮された強い鮮烈な力。

眩いほどの光が溢れ、ガラスが砕け散るような音を立てて、譜陣が壊れる。

その時間は一瞬で、とっさに閉じた瞼を開けば、伸ばしていた左手をルークはしっかりと握っていた。

互いに繋がれた手。

今、俺の命を……超振動の安定を、第七音素の乖離を救ってくれた手。

レムの塔のことを思い出す。

『アッシュ』もこうして、俺を助けてくれた。

ルークはこんなに小さくても、やっぱり安定してるんだろうか。

それとも俺の方が、どんなに小さくても、俺が生まれた元になるオリジナルに触られると安定するんだろうか。

その体がぐらりと俺の方へ倒れ込んでくるのを、慌てて抱き留める。

生きてる重さで、ルークの体は落ちてきた。

こんな時に無理をさせたことを、激しく後悔する。

「ごめん、大丈夫か!?」

「…………謝るくらいなら、するな……」

掠れた小さな声が、俺の胸に頭を預けたルークから漏れた。

顔色の悪いルークの額に触れると熱い。階段の手すりの壁に寄り掛かって、ルークの体のあちこちに触れて、ケガがないかを確認する。ケガはないみたいだけど、熱があるのに体は冷たい。海の傍のこの城の中も冷え切っていて、そんな中ぐったりとしているルークの呼吸は弱々しくて物凄く不安になる。

誘拐されて、あんな部屋に閉じこめられてたのもあるだろうけど、何よりレプリカ情報を抜かれた所為だ。ルークはこんなに小さいのに。人によっては死ぬこともあるのに!

せめて俺の体温が移るように抱きしめれば、ルークはぼんやりと俺を見上げる。

「ルーク?」

「鎧が痛い…」

「あ、ごめん」

慌てて抱きしめる腕の力を弱めると、ルークはまた、深い息を吐いた。

レプリカ情報を抜かれた時の不調が、普通のグミで治るのか判らないけれど、道具袋から水とグミを取り出そうとして、すっかり忘れてたエリクシールの存在を思い出す。

グミに合成する前のだから、濃縮率は落ちるだろうけど、万能の霊薬には変わりない。それに今のルークはグミを食べるのだって、辛いかもしれないし。

封はされてたけど一応念のため少し飲んで確認した後、体を支えて、ルークの口にそっと注ぎ込む。

一度ルークは咽せて咳き込んだけど、その後もゆっくりゆっくり飲んでいって、小さなボトルを空にした。

ルークを体に寄り掛からせたまま、落ち着くのを背中をゆっくりと擦ったりしながら待つ。

しばらくすると、ルークは少し身動ぎして顔を少し上げ、俺を見た。

俺を見るまっすぐな視線には力が戻ってきつつあって、碧の瞳が強い鮮やかな色で俺を捉えると、細められる。

――……どうして、おまえが、」

「なに? どうかしたか?」

辛そうに寄せられた眉間の皺に、思わず声を掛けてルークの言葉を遮ってしまう。

ルークはしばらく続ける言葉を探しているようでもあったし、口にするのを躊躇っているようでもあって、結局瞼を閉じて、小さくため息を吐いた。

「……何でもない」

もう大丈夫だ、と言うルークの顔色は薄暗いから判らないけど、起き上がった動作はさっきより軽そうだったし、触れた頬もさっきより体温が戻って来てるみたいだった。

すごいな、さすがはエリクシール。グミよりも効き目がいい。

後はゆっくり休めたら一番良いんだけど、今は無理だ。辛そうだけど、いつまでもここにはいられない。早く落ち着けるところに行かないと。

「じゃあルーク、掴まれよ、ほら」

一つ下の階段に背中を向けて座って示すけど、ルークは訳が分からない、と戸惑ったような顔でただ、俺の背中を見ていた。

「…………なんだ?」

「なにって、お前背負って行こうと思って」

「せ…っ」

そこで何で驚くのかが判らない。いや、怒ってるのか?よく判らない。

病人とか、ケガ人にはよくするし、子供にだってする。ルークはその両方を満たしてるのに、なんでだ?

まだ歩くの辛いだろ?と訊けば渋々、というように頷く。

もう一度、ルークに背中を向けると、ルークがそっと後ろから肩に手を置いた感触はしたものの、それから先の行動がない。

どうしたんだとまた、肩越しに振り返ればルークは俺の切れた髪を今度は、めちゃくちゃ不満顔で見詰めている。

「お前、その髪はどうしたんだ!」

「へ、髪?……ああ、」

そういえば整えてもない。前はティアがしてくれたけど今はそれどころじゃなくて、放ってた。

「来る時に、ちょっとなー」

詳しいことはとても言えないから、頭に手を遣って苦笑するしかない。

だけど、ルークは物凄く不機嫌そうに俺を睨む。なんだよ、俺の髪のことなのに、お前が何でそんなに機嫌悪ぃんだよ。

「切ったのか」

「切…られたんだ」

本当は掴まれたら切れたんだけど、普通の髪はそんなに脆くない。

だからそう答えたら、ルークはとたん痛々しそうに俺を見た。なんでだ?

判らないけれど、そっと背中に寄り掛かって俺の首にぎこちなく腕を絡ませるから、もう話は終わりってことなのかな。

俺はルークの両脚をしっかり抱えて、歩き出した。

* * *

来た通りのルートを通って、本来の持ち主を詰め込んだ木箱の近くで鎧を脱いで返して、ルークのための外套を一つ貰って外に出た。

城に入るころはまだ夜の闇が広がっていたのに、今は薄暗い早朝の空の向こう、うっすらと別の彩が混ざろうとしている。

公には出来ないし、そもそも城自体を無断使用しているからか、最低限の兵士しか配置されてないらしい。もしかしたら地下の実験室の方に大半が詰めているのかも知れなかったけど、相変わらず門柱のところには二人の見張りしかいなかった。

まあ、コーラル城は周りが海だし、正面しか注意しなくていいんだろうけど。

もしかしたら、と上の方も見上げる。

アリエッタと戦ったところに正面の見張りがいるかも、と思ったけど、居たとしてもどうしようもない。その時はその時だ。ルークに無理をさせてしまうのは嫌だけど。

瓦礫と茂みの陰でルークを下ろして、外套で包む。

「ちょっとここで待っててくれ。そこの見張りをどうにかしてくるから」

ほとんどすぐ真下の門柱を指して言えば、ルークはこくりと頷いた。

俺が降りるタイミングを計っていると、ちょうど見張りが交代する時間だったのか、新しく二人の兵が近寄って来たところだった。このまま交代した奴らも気絶させとくか。

何か雑談みたいなのを交わしながら交代して、互いに背中を向けたところに降り立って。

「守護方陣!」

レベルが違う上に、突然のことに全員がふらふらになったところを、背後から順番に頸椎を狙って手套を打つと、そのまま全員が気絶する。

そして塔の上を確認したけど、兵士の姿は見えなかった。もしかしたらあっちも交代の時間かも知れない。

よし、後はこいつらを縛ってどこかに隠しとこう。

城の横の方に、切り立った崖に繋がる道がある。そこまで気絶した兵士達を引き摺っていく最中、ふと、城の外、海側から玄関ホールに向かって伸びるケーブルに気付く。これが何のために引かれてるのかは判らないけど、多分譜業関係だろう。

そうなら少しは混乱に繋がるかも知れない。そう思い、腰に差してた剣を振り下ろして、切断した。

切り口から火花が飛び散るけど、そのまま立ち去る。

そしてルークが隠れている場所まで戻り、両手を広げて声を掛けた。

「ルーク、ここまで飛び降りれるか?」

俺の声にルークは立ち上がると、こくりと頷いて間髪入れずに飛び降りてくるのを受け止める。ルークを一度地面に下ろした後、もう一回どこかに譜術士や弓兵が居ないか確認して、またルークを背負って今度は走り出す。

城に向かって背を向けなくちゃならない今の状況は、俺にとって恐怖だ。俺じゃなくてルークが的になる。

門柱を出たあたりで、城の奥からなにか大きな音がしたような気がしたけど、海の音かもしれない。気に留める暇もなく走る俺の首に絡むルークの腕にも力が篭もる。振り落とされないようにかなと考えて、それとも揺れるのが気持ち悪いのかも、と思って問い掛けた。

「ルーク、平気か?」

「…平気、だ…っ」

その割には声が掠れている気がして、とにかく急いで森へと姿を隠した。

――もうそこに、朝が来ていた。