――同じカテゴリーのモノは同じ引き出しへ。
そこに全く同じモノが二つ、入っていたとしたら。そしてその二つともが少しばかり壊れていて、分解して部品を交換し合えば、問題ない完全な一つが出来上がる、としたら?
ジェイドの言葉を思い出す。
ルークのレプリカは、自我がなかった。体しか、なかった。
全部が終わった時間から来たというレプリカは、体を失った。だから消えるしかなかった。
そして、完全な『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカが今、目の前に居る。
生きて、いる。
ルークはただ、唸るように息を吐き出すしか出来ない。
頭のどこかでは、判っていた。
この身には第七音素のざわめきが判る。第七音素とて集まればローレライという意識集合体になるのだから、それが結合する前のひとつひとつの音素の、微弱な意志とも言えないものがなにかの影響でざわめくならば、ローレライと同位体である自分なら、感じ取ることは容易い。
だから頭のどこか、こころの冷静な部分では判っていたはずだ。
この世に自分のレプリカは、ふたつとないこと。
唯一のそれだけが、自分にとって大きな意味のある、完全同位体であること。
だからこそ、ヴァンを盲信し従っているのなら消さねば、――殺さねばならないと、思っていた。他でもないオリジナルである自分が、その命を責任持って終わらせてやるとそう、思っていた。たとえ『彼』に咎められようと、その決意だけは絶対に覆すものかと思っていた、からこそ。
『彼』が自分と同じ情報を持ったレプリカであることを明確な言葉はなかったにしろ、薄々理解していても、イコールで繋げようとはしなかった。
『彼』を殺すなど、到底出来るはずがない。技量的にも、心情的にもムリだ。それはルークの中で、最大の禁忌に近い。だからこそ無意識にでも、『彼』とルークのレプリカを繋げて考えようとはしなかった。
自分を落ち着ける為にもひとつ、深く息を吐く。
「――俺は、俺のレプリカを殺すつもりだった。ヴァンなどに利用されるくらいなら、」
「ああ…うん。そうするだろうなー、お前なら」
ルークの告白に、『彼』は淡く苦笑した。苦笑して流すどころか、左手に持ったティーカップをテーブルの上でゆるく回しながら、うんうんと頷いて納得してしまった『彼』のその気質を、寛容と言うべきか手緩いと言うべきか。
自分の思考を行動ごと理解されている、そのことに多少の気恥ずかしさを覚えながら少し複雑な気持ちで見れば、ええーと、と頭に手を遣って『彼』は言葉を探す。
「『アッシュ』…俺のオリジナルもさ、ヴァン総長に良いように扱われてる俺のこと許せなくて、実際何度か殺されそうになったし。俺もバカで卑怯でどうしようもなかったから、本当に取り返しの付かないような酷いことした時は、ただでさえ憎まれてるのにもう、なんつーか。凄かったなあ、アレ」
生きてるのが不思議って言うか。記憶を探るように遠い目をしてそう言う『彼』に、『彼』のオリジナル、つまり自分の性格の熾烈さを他人事のように聞かされ、それ以上に感じ取って思わず詰まる、けれど。
「……お前が、か?」
何より彼の語った内容が信じられずに、訝しみながら問えば、『彼』はあはは、と力ない笑みを向けて来る。えーと、なにから話したらいいかな。そう呟いて暫く迷った後、あ、と口を開く。
「そうだお前、俺の日記ってどうした?」
「日記?――ああ、部屋に残してたあれか。どうもしていない。あのままだ」
今は作りかけのジクソーパズルも、そこに運ばれている。あれからルークひとりで時間のある時に組み立てたものの、どうしたってひとりでは完成しないそれが、今でも陽の光に当たることなくそこに保存されている。
ルークの返事に、『彼』はきょとんと相変わらずの幼い顔で瞬きした。
「あのままって?」
「お前の部屋は、ずっとそのまま残してある。掃除はするが机の中やクローゼットには誰も手を付けてない」
「え、なんで? 俺って死んだことになってんだろ?」
小首を傾げて、ある意味子供の無邪気さで問う『彼』に、ルークは薄く、苦笑する。傾けた首筋から紅い髪が一筋、流れた。
「――俺とガイは、お前が生きてると思ってたからな」
絶対に、戻ってくると信じていた、と、そう、告げる。
ひゅ、と動きを止めた『彼』の喉が、鳴る。ルークの言葉を受け、驚いて両目を瞠ったまま微動だにしなかった、けれど。
『彼』はくしゃりと、泣きそうにはかなく微笑(わら)った。
「……有り難う、ルーク」
声音は震えながら、吐息と一緒に落とされる。そうして彼は一度、瞼を閉じた。
「――俺は、ヴァン総長の最初の予定通り、オリジナルの代わりに屋敷に戻されたんだ」
そうだ。
ルークには、『彼』が居た。『彼』が自分の誕生を知っていたからこそ、ルークは無事に、屋敷に戻って来られた。けれど、『彼』には、『彼』のオリジナルには、誰も居ない。そうしてヴァンの目論見通りすり替えられ、そのまま世界は動き出してしまったのだ。
「刷り込みをされていたのか?」
「いや、記憶を失ったんだって、なにも出来ないような状態で戻されたらしいんだけど。その面倒見てくれたのが、ガイだよ」
その言葉に、幼い頃の光景が脳裏に甦る。幼心にも『彼』が年下であるはずのガイを頼るように懐いているように見えたし、同じ仕事を受け持った者同士だけではない隔てなさで、『彼』はガイの警戒心を少しずつ、解いていくのが判った。あれはきっと、ガイのこころの無防備な隙間にするりと入り込む、その絶妙なタイミングを熟知していたからだろう。
二人の様子を多少、苦々しく思っていたのは、『彼』の特別は自分だけで良いと思っていたからだ。
それでも、衒いない『彼』を前にして、どれだけ虚勢を張り続けるのが難しいかということを、ルークはとうに理解している。
それは堕ちる感覚に、とてもよく似ている、と思う。
「…普通怪しむだろう、どう考えても」
幾ら姿形が同じでも、それでは違いすぎる。人は外見だけでは決まらない。姿が似ていたとしたって、中身が伴わなければ。だからそれは記憶を失ったとかの話じゃないだろう。そう思いながら眉間に皺を寄せて言えば、『彼』もやんわりと苦笑した。
「あー…それはお前と一緒に過ごしてみて、俺もつくづく思った。でもさ、なんか変だ、おかしいって疑ったって、レプリカ…フォミクリ―なんて技術を誰も知らないだろうから、信じるしかなかったんじゃないか?」
確かに、もし、すり替えを気付けるとするならそれこそ、フォミクリーの研究に携わったことのある人間しかいない。
そうしてふと、テーブルからいつの間にか博士の姿が消えていることに気付く。今更気でも利かせたのか。
闇色の髪を朝の幾分涼しい風にそよがせながら、あの時、と『彼』は口にした。
「小さいお前に本当のことを幾つか、言えなかったよ。だから黙ってたことも、ある」
言われて、すぐに思い出せるのは出身や親の話、誕生日がないこと、そして、ルークに会いたいから白光騎士団に入団したこと、その辺だ。それらの意味を、ルークは漸く今、理解する。
幼いルークに、なにを告げられるだろう。世界が未(ま)だ広がっても居ないような、あの頃の自分に。
けれど『彼』は、けして意味のない口先だけの嘘は吐かなかった。そして絶対に誤魔化してはいけない部分を、曖昧にしなかった。ルークが信じるまでその言葉しか知らないように、同じ言葉を何度も、繰り返した。
だというのに、『彼』は罪悪感に沈んだ顔色をして、ごめんな、と呟く。
「騙したのかって、怒られても仕方ないと思ってる。だけど、俺はお前を、俺のオリジナルの代わりだと思ったこともないし、だから守ろうと思ったんじゃない。重ねて見たことはない、とは言い切れないけど、でもお前だから守りたいと思ったことは、それだけは本当なんだ」
罪滅ぼしのつもりはないと、森の湖と同じ彩(ひか)りを持った、翠の瞳がルークを強く、捕らえる。
『彼』の言葉にいつかの夜、そう言って責めた苦い思い出が過ぎって、堪らず視線を逸らした。
「……知ってる」
『彼』が、そんな気持ちで自分に接してないことは、明確な言葉ではないけれど、過去、充分に伝わっている。
あんなに、表裏もないような不器用さでけれど大切に扱われて、判らないはずもない。
たとえ、切っ掛けが罪滅ぼしでも構わない。それでも出会って、ふたり、同じ時間を過ごしたことに違いはないのだから。不慣れながらも、ただ彼は与えようと、そして守ろうとしてくれていたことを、ルークは識っている。それが全部だ。『彼』を疑う必要など、どこにもない。
『彼』の口からオリジナルのことが出ても、それほど衝撃を受けなかったのは、『彼』の中での自分の存在の大きさを、ルーク自身が知っているからだ。
ルークの返事に『彼』は、良かった、と言って安心したように笑った。
「俺、お前に優しくして貰えたこと、それから俺がレプリカだって知らないのに同じ誕生日を貰えたこと、本当に嬉しかったよ。今のこの時間で一番、特別なたからものだって、こころの底から思ってる」
誕生日、の言葉に、ぐ、と息が詰まって咽せそうになった。ルークにとってそれは、ただただ赤面するしかない記憶を呼び起こす言葉だったので。
幼いから出来たとは、思っていない。幼い時の自分だって、かなりの思い切りだとかそういうものを必要としたし、その直後は顔を合わせることなど出来ずにシーツにくるまってしまった。『彼』は自分のものだという独占欲だとか、自分を特別に思わせていたいという所有欲だとか、その他色々なものが綯い交ぜになって、自分にしては珍しく(それほど欲しかった)子供らしく自制が利かずにとった行動だった訳だが、勿論今では同意もなく出来るはずもない。生憎、そういうことをさらりと出来るような、気障な性格でもない。
それに翌日顔を合わせれば『彼』は相変わらずの調子で、折角人が矜恃その他を一瞬でも捨ててしたあの行動は、親愛の表現で収まってしまっていたのだから、全く。鈍いにも程がある。
「俺、本当に自分のもの、って言えるものがなかったからさ。全部、オリジナルの『ルーク・フォン・ファブレ』から奪ったものだったから。そうだなあ、あるとするならティアから貰った音素学の教本だけかな。俺音素のこととか社会常識とか全然識らなかったから、最初は散々馬鹿にされたっけ」
聞いた内容が一瞬理解出来なかった。
驚いて思わず『彼』の顔をまじまじと見る。第三王位継承者が、音素を、社会常識を、識らない?
いや、確かにルークとて、『彼』と出会わなければ社会常識は偏っていたかも知れない。それでも音素のことなどこの世界の基本だ。識らないはずがない。
「……『ルーク・フォン・ファブレ』が、か?」
「そう、『ルーク・フォン・ファブレ』が」
ルークの問いに、『彼』は僅かに肩を軽く上げる戯けたような仕草で、くすりと笑う。
「オリジナルの居場所を奪って、なにも識らないまま、のうのうと暮らしてた。我が侭ばっかり言って、少しでも気に食わないと癇癪起こしてさ、以前の『ルーク様』と比べられるのが嫌で、反発したりして。自分勝手なことやって、それが当たり前だと思って生きてたよ。外に出たくて、そのくせ努力なんかなにひとつしないで、毎日だらだらして文句ばっかり言ってた」
ルークに理想の剣の使い方を教えた男が、そんなことを言う。
しかし裏を返せば、『彼』はその最悪な状況から自分を変えようと努力したということなのだろう。――なにか、重大な転機があって。
そうでなければ『彼』が口にしたような人間は、ここまで正反対に近い状態には変われない。
「お前覚えてるかな、ベルケンドの海で俺が言ったこと。屋敷の中のさ、これくらいの空が全部だった話。お前は屋敷に閉じこめられてたって、ナタリアと一緒に、色々キムラスカの為に働いてるってのにな」
やっぱりオリジナルの方が優秀だよ。
そう言って、『彼』は満足そうにゆるりと笑ってルークを見る。その笑みはどこか切ない色をしていて、ルークは眩しいものを見た時と同じように、目を細める。
「…屋敷の人間は、お前に適切な教育をしなかったのか」
「……ああ、それは…うん、ちょっと事情があって」
気まずげに視線を逸らす、それに対しルークは眉を顰めた。それで済まされる話ではない。ヘタをすればキムラスカが傾いていたかも知れない。
「未来の国王である『ルーク・フォン・ファブレ』に正当な教育を与えないことに、どういう事情があったと言うんだ」
「………、ちょっとまだ、言えない、かな」
「何故だ」
じ、と『彼』を見詰めれば。
基本的にルークに嘘は吐かない『彼』は、あの頃と同じようにそわそわし、次第に慌て始める。そうして耐えられなくなって、呆気なく口を滑らすのだ。
「え、う、あの、お前の《預言》に関わることだから…」
案の定うわあわと慌てた挙げ句、そっとこちらを覗うように見る『彼』に、ルークは強い視線でもって返す。
「俺の? 俺のことなのにどうして、言えない」
「あ、いや、キムラスカに戻れば陛下から教えて貰えると、思う」
「…ちょっと待て」
なにか、おかしい。
ルークは額を抑えながら考えを纏め、その状態で言葉を紡ぐ。
「本人に隠されるのは、本人の死にまつわる《預言》のみのはずだ。キムラスカの国王直々と言うことは、キムラスカ・ランバルディアという国自体に関係のある《預言》じゃないのか。国に関することならば、生死に関わらず秘匿されるかも知れないが……」
現在キムラスカに橋渡しのような形で進めている、今回の和平交渉のことだろうか。他に、今のルークが、国の為になにか出来るとは思わないし、確かにこれなら国が成立するまで隠すのも理解出来る。
理解出来るが、けれど『彼』の態度に違和感を感じる分、納得は到底出来ない。
「……うわ、ルーク…お前、スゴイなあ……」
俺、自分の時そんなこと考えなかったよ。
感心したような深いため息を吐いて、ぱちぱちと瞬く彼の朝陽を受けて光る睫毛を目で追う。
「俺が思ってたのって多分、面倒くせーだりぃーやりたくねー、なんで俺が、とか?」
「…駄目だろう」
次期国王だとか貴族がどうのという問題じゃない。人として非常に。
ルークは考える前に動いている『彼』しか知らないから、どうしても他人の話にしか思えなかった。だから幻滅だとかの衝撃もなく、ただ静かに他人事の域で呆れるルークに、『彼』も頭に手を遣って淡く苦笑する。
「だよなあ。どう考えてもダメなんだよ、昔の俺」
そうして『彼』は右腕で肘を突くと、ルークから視線を外して、陽の光りをきらと弾くオアシスの方へと記憶を探るような眼差しを向けた。
「…昔の俺は、もう、口を開けばヴァン師匠ヴァン師匠、ってうるさくてさ、ガイに呆れられてたなあ。ヴァン師匠が絶対の正義で、世界の全部で、理想の父親みたいな、そう言うイメージを勝手に持ってたんだ。ヴァン師匠の言うことは全部正しくて、嘘で俺を騙すとか、そんなことあるはずがないって…俺を騙すことなんて、想像もしたことがなかった」
ヴァン師匠。
ルークと同じ、けれど僅かに高い声が、耳慣れた音で(少し、懐かしそうに)その名前を紡ぐ。かつて自分が良く口にしたそれ。今でも時折使うことになる、それ。完全に離別するのだと決意してから、あまり進んで口にしたことはない。
かつての自分と同じように、目の前の『彼』にも接していたのかと思うと、ぞっとする。
『彼』をレプリカと誰よりも良く知っておきながら、それをおくびにも出さずにあの穏やかでけれど厳しい、頼れる存在としての表情の下で。慕ってくる子供を前になにを考え、どんなことを思っていたのか。知りたいとは思えない。そういうものは、考えれば考えるほどとても気持ちが悪い。怖気が立つ。
そして全てが終わった時間から来たという『彼』は、そんなヴァンの思惑だとかを恐らく全部、つぶさに見て来たはずだ。それでも、彼の声には懐かしさがあった。憎しみは微塵も感じられない、声。――あるいは、もとめる、憧憬の声。
あの頃の『彼』が、ヴァンに会おうとしなかった本当の理由に思い至った時、ルークの胸にじわりと滲むのは、ヴァンによってもたらされる、不愉快な感情のみだ。
誰よりも強い存在だと思っていた『彼』は、やりきれない同じ痛みを持っていた。
だから、幼いルークを理解し、支えることが出来たのか、と気付く。他の誰でも駄目だった。『彼』でなければ。他でもない、『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカでなければ。
「――でも師匠にとって俺は出来損ないの使い捨ての人形、オリジナルの代替え、だったんだよな…」
ぼんやりと零された独り言だろう呟きは、聞き逃すことなど出来ない内容を伴っていて、それが耳に届いたルークは思考を断ち切り声を上げる。
「なんだと?」
ルークの咎めるかのような、少し尖った声に『彼』はびくんと肩を跳ねさせ、はは、と力なく笑って見せた。
「ああ、いや、なんでもない。――《預言》の話は、また次に会った時にしよう。先に俺から聞いちまうと、色々不都合があると思うから。それに、幾ら俺が全部知ってたって、お前は今、この時間をちゃんと生きてるんだから、この時間と一緒に生きて欲しいし。先に準備しといた方がいいことは、全部俺がやっとくからさ」
だから気にせず、お前は普通に過ごしていれば良いんだと、『彼』は言う。
準備。未来を変える、そのための準備。簡単なことではないはずなのに、『彼』はいつか、昼食を持って外へと連れ出してくれたあの時のように、言う。
「そういやさ、あの時俺の外見に変化がなかったのは、ジェイドが言うには、時間だけを遡った幽霊みたいなものだったんじゃないかって。ただ、俺はどうしてかローレライの剣を持ってた。アレは第七音素を集めるから、俺は第七音素で体を保つことに慣れてるのもあって、それでギリギリなんとか外側を取り繕う程度の体を作って、実体化してたのかも知れないってさ。
なにが原因で幽霊の状態で過去のオールドラントに来れたのか、どうしてティアと同じ色になってたかは、全然判んねぇけど」
今は短くなり闇色に染まっている髪を一房引っ張って見せる。以前のように朱くは見えないそれが、勿体ないと思う。先に抜ける金色が懐かしい。あれにもう一度、触れたかったのに。
「なんで来たのかも、どうやって来たのかも知らないんだよ、本当に。気が付いたらこの時間のこの世界にいた。そしてお前に会いに行った」
「…何故だ?」
そう言えば、一度も訊いたことがなかった気がする。
何故。どうして逢いに来たのか。逢おうと思ったのか。未来を変えるという目的があったとしても、逢わずに済ませることだって可能だったはず。それでも『彼』はやって来て、ルークの世話を不器用ながらこなし、化け物と呼ばれるルークに触れて、いつも笑って、そして歌うように、呼んで。
ルークの問いに、『彼』はふにゃりと笑った。
「会いたかったから」
「そりゃ、キムラスカが一番落ち着くとは思ったけど、それ以上に。
俺は、『アッシュ』になる前の、『ルーク・フォン・ファブレ』に会いたかったんだよ」
喜びに満ちた声音で、彼はそう、告げた。