デオ峠の街道は思ったより整備されていて、歩みは楽な方だったがそれでも魔物は多く出る。

イオンの体調を気遣いながらの道でもペースを崩さずに大半を進んだところで、やはり六神将の一人、黒獅子ラルゴが行く手を阻んだ。判っていたとはいえ、相手は戦闘能力が六神将の中でも恐らくヴァンに次いで高い相手だ。少しばかり手間取ったのに、ルークは思わず舌打ちする。

「くそ…」

やはり一師団の長、簡単に退けられるはずもなかった。ヴァンよりも先にセフィロトへ向かわなければならないというのに、これでは間に合うか。

「大丈夫、あの子が居ます。急ぎましょう」

焦るルークに短くジェイドは声を掛け、先を促す。アクゼリュスはもう、目前に見えていた。

「酷いな…」

「ええ、報告は受けていましたが、やはり想像以上です。救助が完了していることが唯一の救いですか」

ガイの無意識に零れた言葉に、ジェイドも苦々しく返した。

アクゼリュスを満たす異様な空気――瘴気に気圧される。ざらつき濁ったものが肺を重くしていくような錯覚を覚え、不快感にルークは顔を顰めた。これはたとえルークだろうと、容易く手に負えるものではないことを、理解する。

今、この街に居るのはタルタロスで捕虜になっていたマルクト兵士達で、彼らは残っていた住民達を強制的に救助・避難させ、キムラスカやヴァン達の目を欺くためだけに住民と偽って残っているだけだった。そのことは事前に教えてあるので、ガイもイオン達も慌てる様子はない。

「イオン様、どうかあまり瘴気を吸わないよう、口と鼻に布を当てて下さい」

「判りました」

ティアの指示にイオンが大人しく頷いて従う。これからもっと深い場所へ降りていくのだ、瘴気も濃く、強くなるだろう。本来ならカイツールへ置いてくるべきだったが、セフィロトへは導師だけが開ける扉で封じられているという。ならばどうしても連れて行くしかない。

「カーティス大佐!」

気配を感じたのか、手前の扉が開いて住民の格好をした兵士が駆け寄ってくる。

「報告します。先ほど、ヴァン謡将と思われる人物が地下へ向かう姿を確認しました」

遅かったか。

眉間に皺を寄せ厳しい顔をするルークは視線を落とし、今ヴァンが居るであろう所を睨み付ける。扉が閉じている今はヴァンも手出しは出来ないだろうが、どうやってヴァンを排除しパッセージリングの書き換えを行えばいいのか。

報告を受けるジェイドの声も固い。

「あの子は?」

「ヴァン謡将よりも前に到着し、坑道へ向かっています。坑道の奥深くでの救助に難航していると思われていたキムラスカ先遣隊の救援を『彼』に頼まれましたので向かいましたところ、息があるものだけは運び込んだところです」

「…どういうことだ? 救助する際に先遣隊までもが瘴気中毒になったのか?」

「すぐに、判りますよ」

ルークが思わず問えば、ジェイドは眼鏡のブリッジを押さえ、一度目を閉じて答える。そしてジェイドは自分の部下へと向き直ると、頷いて口を開いた。

「判りました。――当初の予定通り、全員速やかにキムラスカ先遣隊と共にここを撤退しなさい。マルクト側の街道に準備が整っています」

「了解しました! カーティス大佐も、お気を付けて!」

踵を鳴らし敬礼すると、彼は背後へ合図を送る。途端に兵士達が担架やそれぞれ人間を背負いながら駆け足でこの街を出て行った。これで本当に、この街は無人になったはずだ。アクゼリュス崩落による犠牲なく、という部分を達成出来そうなことに、緊張の中それでもルークは僅かに安堵した。

それにしても、とルークはジェイドの背中を半ば睨むように見詰めて言う。

――瘴気汚染でマルクト側の道は閉鎖したんじゃなかったのか?」

「このために、閉鎖したのですよ。街道整備を命ぜられた皇帝陛下に背くなど、そんな大それたことは出来ません」

顔だけを振り返らせてくすりと淡く笑うジェイドが先導するのに、他の人間達も続いた。

結局整備の話こそが本当で、瘴気汚染など許さないほど、完璧な仕上がりにして見せたのだろう、この男が。その事実を政治的判断でキムラスカに隠すことも、仕方がない。キムラスカによってマルクトは滅ぼされかねないのだから、そのくらいの自衛は当然のことだ。和平条約を仮に結んだとして、国の全てを赤裸々にする必要もないのだし。キムラスカとて、ベルケンドとシェリダンについては絶対にマルクトに全てを明かすことはない。

ジェイドはルークに、嘘を吐かなかったのだ。なんて男だろう。以前、チーグルの森でシンクが言っていたことをしみじみ実感する。この男を前にしては、ルークなど交渉の席にすら着けそうになかった。

「本当に、お前は食えないヤツだな…」

「お褒めにあずかり恐縮です」

「…褒めてない…」

ジェイドにはとても、勝てる気がしない。いや、元々勝とうと思ったこともないのだけれど。

それよりも、すぐに判るというのはなんだ。訝しみながらルークが坑道へ入ろうとした時、背後から誰かが近づいてくる気配にジェイドを除く全員が驚いて振り返った。

「グランツ響長ですね!」

オラクル兵が当たり前のように呼び掛けるのに、ティアは咄嗟に言葉を返せない。はっ、と誰よりも早く我を取り戻したルークが声を上げた。

「何故、まだ人が居る!」

「え?」

「いますぐ避難して下さい。ここは危ないんです」

ルークの声にティアも自失から戻り、目の前に立つ兵士へ強い口調で告げるが、兵士は二人の剣幕に押されつつも、しどろもどろに自分の役目を果たすべく、更に言葉を続ける。

「しかし、あの、自分はモース様に第七譜石の件をお知らせした…」

「そんなことは、今はいいんです! それは第七譜石ではありませんから、今は一刻も早くこの場を、いいえこの街から撤退して下さい!」

ティアは第七譜石などここにはないことを知っている。それにこの誘いが、ティアをこの場から引き離そうとするヴァンの命令によるものだとも。

必死に言い募るティアの剣幕に押され掛かった兵士の背後の坑道から、ずらりとオラクル兵達が揃って姿を現し、無言で周囲を囲い始めた。その物騒な雰囲気に、ティアは口を噤み杖を強く握りしめる。ルークも自然と腰の剣へ手が伸びていた。

この場にまとわりつく殺気にふ、と唐突に思い至った。

――まさか、」

「ええ、先遣隊を攻撃したのは彼らです。…いけませんねえ。もっと命を大事にしては?」

ジェイドはルークに頷いて見せると、兵士達へ向けた赤い瞳をレンズの向こうで眇め、相手を揶揄する――けれどその気迫だけで殺せそうなほどの冷徹な威圧感を周囲に与えながら、腕から音素の光と共に槍を出現させ、ルークとイオンを背後にして構える。

「ルーク様、あなたはイオン様と先に行って下さい。イオン様、アニスをお借りします。ガイ、二人を頼みましたよ」

ルークにはセフィロトの書き換えという作業がある。イオンには扉を開いて貰わなくてはならない。三人でこの数の相手が出来るのか心配になるが、他二人とて一応軍人、そしてアンチフォンスロットがあろうとも《死霊使い》が一般兵相手に後れを取るとは到底思えなかった。

「了解」

「…すまない。後は任せた」

緊迫した空気の中、ガイは頷き、ルークも短くそう告げて、イオンを促しながらガイと共に走り出す。坑道への入り口を塞ぐように、アニスのトクナガが巨大化するのが最後に見えた。

坑道の奥はすぐに突き当たり、そこが視界に入って来た直後、イオンが息を呑む。

――扉が、開いています」

「どういうことだ? 封印が解除されているのか…?」

「ヴァンの姿がない、ということは先に進んだに違いありません。とにかく、ボク達も急ぎましょう」

イオンに促されるまま、ぽっかりと黒い穴のように開いている入り口を、躊躇う時間もなくルーク達は潜る。

扉の奥は光に溢れていた。

巨大な空間が縦に広がっており、中心には音機関がそびえ立っている。壁に沿って円を描くように通路がぐるりと囲っていて、奥に行くに従ってその整えられた壁は、見慣れない程の精度でルーク達を外郭大地の底へと誘(いざな)っているように見えた。

イオンを真ん中に挟んだ状態で、ルークとガイは魔物を蹴散らしながら奥深くへと進む。

そうしてちらり、と先頭で道を開くガイの背中をルークは静かに見詰めた。

ガイの動きが気になる。ヴァンに協力するつもりだろうか。アクゼリュスでルークがガイに殺されて死ねば確かに復讐にはなるが、予定通りでもあるから父はそれほど衝撃や悲哀は受けないと思う。ルーク自身が言うのも何だが、タイミング的には余り良くない。

ガイはバチカルの港からずっと、青い顔をしていた。渡した日記のこともあるだろう。それからイオンが告げたことも。ガイは復讐のために世界をも見捨てるか、それとも世界のために復讐を一時的に延期するか、どちらを選ぶのか。慎重な男だから様子を見るだろうが、いざ殺せるタイミングが来た時に、それを見逃すか?

緊張しながらも、そう考えながら進んだ先に現れた扉を潜り、踏み出したすぐ傍の床に何かが落ちていた。

「ナタリア殿下!?」

近寄ったガイが、倒れているのが気絶したナタリアだと気が付いて声を上げる。こんな時大変残念なことにガイは全く頼りにならないから、ルークは慌てて追いつくと彼女を抱き抱え、壁際に寄り掛からせた。

ぐったりとしたナタリアの頬を軽く叩いて目覚めを促すが、反応がない。

「おい、ナタリア! しっかりしろ!」

どうしてここに、いや、想像の中でもっとも最悪の形になってしまったのか。

しかし、ナタリアには悪いが今はそれどころではない。放置していては魔物に襲われるかも知れなかったから、仕方がない、とルークは彼女を抱えて先を進むことになった。

煩わしく行く手を阻む魔物を斃しながら螺旋の回廊を降りていく、次第に視界を埋め尽くすほど巨大なパッセージリングが音機関の向こうから見えて来るのに、意識を奪われる。

その、瞬間。

「っ、――ッ!!」

ギィン、と響く剣戟の凄まじさ。空気の振動がびりびりと肌をおののかせる。そうして我に返ったルークは、正面、パッセージリングの前で凄まじい戦いを目にした。

近い場所で、こちらに背を向け地面へ膝を付く、シンクの姿。

その奥にはヴァンに音機関を守りつつ剣を向ける、『彼』の姿。

あのシンクが膝を付いて荒い息を吐いていることに、ルークは思わず息を呑んだ。

一体何が起きたのか。パッセージリングへと視線を向けると、そこには書きかけの命令があった。恐らく『彼』は遅れたルークの役目を担っていてくれたのだ。そこにヴァンがやって来て、『彼』を止めようとし、戦闘が始まったのだろう。もしかしたら、無防備になった『彼』をシンクが庇ったのかも知れなかった。

『彼』は仮面を外し、その顔を晒してヴァンへ立ち向かっている。二人がする会話は激しい打ち合いの音でかき消え、こちらまで届かないが、ルークの傍に佇むガイが、『彼』の顔を見て驚いたのか体を小さく震わせたのを横で感じた。

昔、『彼』とヴァンの手合わせを見てみたい、と思っていたことがあったが。まさか、これほどとは。

絶句するルークの前で、『彼』はアルバート流の剣術を舞うように隙なく振るう。バックステップを踏んで避けては、力強く踏み込み、そうして属性変化を起こしてフィールドには音素が複雑な模様を描きながら堪っていく。

対するヴァンも、フィールドに堪る音素を踏み荒らし、己の望む属性へと変化させ、『彼』が距離を詰めた隙に譜術を放つ。詠唱時間が短い所為で『彼』はいつも距離を取らされる。

剣同士がぶつかり合って甲高い悲鳴を上げている。剣が折れてしまいそうなほどにも強く、厳しく、一撃は重い。空気が走って床を跳ね、傷つけ抉り、ルーク達の所までその威力は届く。息を吐く間もない。

この激しい戦闘を超えて、命令の続きを書かなくてはならない。

パッセージリングに近づくなら、ヴァンの気がそれている今だ。だがあまりに緊迫しているこの空気に水を差して最悪の事態が起こらないよう、タイミングを計ろうとした時。

――ったく、」

ルークの横を、視認出来ないほどの速さで白い何かが横切った。だが、声は。その声音の温度はルークの近く、視線の先で蹲る人物のものであり、そして。

「なに手間取ってるのさ、『ルーク』!」

今、目の前で白い法衣を脱ぎ捨てて、その下に黒い装束を身に纏った細身を晒した、烈風のシンクのものだった。

名を呼ばれた。

けれど、それは自分ではない。――『彼』だ。

「シンク、お前、おっせーよ!」

イオンの正体と、二重の驚愕に呆然とするルークの視線の先で、ヴァンと戦う『彼』の傍らへ駆け付ける合間に、今までイオンとして振る舞っていたその髪飾りをも邪魔げに取り去り投げ捨てて、シンクは軽々と己の身長以上に跳び上がり、

「ボクの所為じゃない、アンタのオリジナルがノロノロしてたんだ、よッ!」

ヴァンへと蹴りを繰り出した。

それを避けたヴァンに、『彼』が剣を振り下ろす。それを咄嗟に受け止められるのは、さすが神託の盾の総長というところか。

しかし、両手の塞がったヴァンの背中へシンクがすかさず回し蹴りを入れる。――その瞬間、弾丸がシンクの脚を狙って放たれ、ヴァンへと届こうとしていた脚は身を庇う為に角度を変え、甲高い音を立てて脛当てで弾き防いだ。

「なーんだ。こっちに来てたの、リグレット」

回廊の上から譜銃を構えるリグレットへ、にやりと嗤って見せる。

そうしてシンクはリグレットの照準からも、ヴァンからも距離を取るためにバックステップで移動して、同じように距離を取り、剣を構えている『彼』へと背中を合わせた。

「ラルゴの時なんか、あれ以上手間取るなら手を出すところだったね。もうちょっと鍛えさせなよ! ていうか、ボクが相手してやっても良いんだけど!」

「おまっ、それより今はこっちだろ!」

言い合っていたくせに何の合図もなしに二人は走り出す。ルークはヴァンの詠唱を中断させ、双牙斬で斬り上げた後、崩襲脚、烈破掌とたたみ掛け、シンクは跳躍し壁面を蹴りながら回廊の上で譜銃を撃ち鳴らしているリグレットへ近づき、攻撃を仕掛けた。シンクの早さにリグレットの弾丸が追いつかなくなった時、思い切りシンクの膝と脚を脇に受け、容赦なく吹っ飛ばされたリグレットは銃ごと地面を転がっていく。

「シンク、貴様…裏切るつもりか」

「ハ、だから言ったじゃない。ボクにとってヴァンは創造主だとかそんなものの前に、ただの狂ったオリジナルだって」

彼女は転がった姿勢から跳び退いて体制を整えると、再び銃を構え引き鉄を引いた。それを二つ名の通りの素速さで避け、シンクは冷笑を湛えたまま、リグレットを回廊の端へと追い詰める。

「ボクは裏切るんじゃない、刷り込みに抗うんだ。消えなよ!」

シンクが叩き込む拳を避けようとするが、追い詰められたリグレットに逃げ場はない。逃げるならば、下、ヴァンの元しか。リグレットは苦渋の表情を見せた後、下へと降り立った。

シンクは目論み通りと唇を撓らせその後を追い、空中で体を捻って更に蹴りで追撃をした後、ヴァンとリグレットを挟んだ『彼』とは正反対の位置へと降り立った。

「さあ、みんなまとめて叩き潰してやる。――連撃、行くよ!」

「わかった!」

シンクがリグレットをヴァンと同じ場所へ追い詰めたおかげで、ルークたちも遠距離から狙われる心配がなくなった。ルークはすぐ近くに座り込む、シンクの姿をした人物へと自信なく声を掛ける。

「お前は、イオン、か…?」

「ああ、ルーク…そうです。僕はイオンです。すみません、扉の封印を解いたら力尽きてしまって…」

仮面を外して顔を見せたイオンの顔色は、死人のように青い。彼とナタリアを同じ安全な場所へ運ぼうとする、ルークの手をイオンは弱々しく遮った。

「ルーク、僕のことはいいですから、貴方はあの続きを書いて下さい。早く!」

「…判った」

イオンの傍にナタリアを置いて、背後に立つガイへ問うように視線を向ける。ヴァンの側に付くか、それとも。

ガイの迷いは一瞬で、こくりと頷き返すと同時に二人は激烈な剣戟の合間を抜け、パッセージリングへと走り出した。

まばゆい光を纏ったセフィロトはまるで末期の呼吸をするかのように、音機関の向こうで力なく点滅を繰り返しているように見える。

消滅したセフィロトから陸を浮かせるための記憶粒子を発生させ、崩落の衝撃を緩和させながらゆっくりと降下させる。六神将が強奪したタルタロスも共に落ちてくる予定だ。それを利用して、ユリアシティへと移動する。

――このパッセージリングが消滅すれば、全てのセフィロトへの干渉が可能になり、ヴァンは一斉にパッセージリングを暗号で書き換えるという。

『彼』は外郭大地に残って、ヴァンの書き換えよりも先に全てのパッセージリングへ命令を書き込む予定だと、ジェイドは説明した。こちらには奥の手があるのです、と相変わらずの胡散臭い顔で笑っていたが。

ガイに背中を守られながら、焦るこころを宥め無理矢理に落ち着かせながら神経を研ぎ澄ませた。両手を伸ばして超振動でパッセージリングへ直接、命令文の続きを書き加えていく。訓練は昔から独自に行っていたが、やはりこういう繊細な作業は通常以上に疲弊する。

最後の一文字を書き終え、なんとか保っていた集中が途切れた時。

「剣を引きなさい、『ルーク』!」

珍しく焦ったジェイドの声が聞こえる。ジェイドがやっと追いついたのか、そう思い振り返ったその瞬間、黄金色の眩しい光がその場をじわじわと埋め尽くしていく。その現象にルークは見覚えがあった。

――疑似超振動だ。

ティアとルークでも起こったのだ、ヴァンと『彼』でも起こっても不思議ではない。しかしなんでまた、よりにもよってこんな時に。

「や、ば…ッ!」

『彼』が鍔迫り合いの手を緩めることも出来ないまま、焦りで低く呻いた。ヴァンも同じく唸っている。力が拮抗している上に、疑似超振動の所為で身動きが取れないのだ。

「いけません、このままでは…!」

どこかに飛ばされてしまう。

ジェイドの声に、ルークの中でとてつもなく強い焦燥が生まれた。

――どこかに、また、行ってしまうというのか。

いつもそうだ。会えたと思えばその姿を捕まえることは叶わない。このままずっと、未来を変えるまで傍にいることも出来ないのか。

今、離れて一体、『彼』はどこへ行ってしまうのだ。

そのまま、消えてしまうのではないか。あの夜のように、朝になっても戻ってこない絶望を、味わえと言うのか。二度と会えないのではないか、そんな不安を打ち消すためにこの七年間、どれだけルークが苦しみ、耐え抜いたと思うのか。信じるために、記憶が擦り切れるほど何度も思い返し、セレニアの花を、あのブレスレットを縁にして。

『彼』を自分から引き離そうとするものは、なんだ。

――『彼』が、目の前から消えるというのなら、自分が追いかければいい。

躊躇う前にその光、疑似超振動の真っ直中へ、ルークは駆けて『彼』へと腕を延ばしていた。