朝、ジェイドが暖かい気配に目覚めると、やはりプラチナがぬいぐるみと一緒に、隣で眠っていた。

 プラチナがジェイドに懐くようになって、いろいろと不思議に思っていたことが解明した。

 その中の一つである、自分の背丈よりも高い場所にあるドアノブを開けたい時、どうしているのかと尋ねたら、驚いたことに魔法を使っているらしい。

 この小さなプラチナに、魔法をきちんと教えた覚えは全くなかった。

 どうやら本好きなのが災いしてか、絵本や、勝手に書庫の本を読んでいる内にいろいろと覚えてしまっていて。

 日常に使われる魔法は簡単なものだし、素質は十分だし、賢いのだから仕方がないことなのだろうか。

 鍵が閉まっている時も、魔法で鍵を破壊しているらしく、この所為でジェイドが寝室に鍵をかけていても、朝になったら必ずベッドの中に潜り込んでいる。(鍵を開ける魔法なんてものはなく、そんなものがあったなら奈落は今以上に犯罪に溢れているし、なにより強盗目的ならば元から破壊するものだ)

 それに、ジェイドの部屋に張られている結界は、プラチナの魔力には反応しないようになっていて、小さなプラチナとは言え、やはり同じ魔力の波動を放っているのか、どんな魔法にさえ反応しない。

 更にどんなに気を付けていても、何故かジェイドは彼が来るのは気付けない。

 不味い事にどうやら以前一緒に寝てしまってから、気配に慣れてしまったようだった。

 プラチナの方も、あれからまるで一緒に寝ることが当り前のように思っているらしい。

 昼寝の時でも、添い寝をしないとどんなに宥めすかしても駄目だ。

 変な癖をつけてしまった、と後悔するが、時は既に遅く、お陰でジェイドは寝室に何時も鍵がかかっていない、という無用心な状態で寝ていることになり、この奈落という世界では物騒な事この上ない。

 第一、何故プラチナが自分の部屋からわざわざ、ジェイドの部屋まで降りてくるのかが判らない。それこそ、近くにあるアレクの部屋でも良いはずなのに。

 夜、眠るまで傍に居るし、ちゃんと朝の用意が出来た頃、迎えに行くと言ってあるのに。

「…プラチナ様、何度言ったら判るんです」

 まだ眠いと目を擦る小さなプラチナを叩き起こして、長々と、プラチナが一人で行動することや、部屋に鍵を掛けないことが如何に危険か、ということを説明するのだが、相手は完全に幼児化してしまっているのだ。

 ジェイドの言葉を聞きながら、次第に首を傾け、ジェイドの話が一通り途切れると、ぽつりと問い掛けてくる。

「じぇいどといっしょにねるのは、だめなことなのか?」

 どんな説明の仕方をしても、結局今のプラチナには、このように受け止められてしまうらしい。

 別に、一緒に寝ることが今、問題ではないのだが、面倒になったので纏めて駄目な事にする。

「…ちょっと違いますが、そうですね、はっきり言って、ダメな事です」

 ため息と共に、ジェイドがそう言えば。

――…どうして?」

 更に、可愛らしい細い首を傾げ、大きな青い瞳で、本当に不思議そうにじっと見つめて来る。

 小さくなる前から、こうやってプラチナはジェイドをじっと見つめる癖がある。

 自分の中を見透かされそうなこの視線には、ジェイドは弱い。

 弱いが、退く訳にも行かなくて、少し強い口調で押し切ろうとする。

「どうして…と言われましても…ダメなものはダメです」

「や」

 …相変わらずの、即答。

 そういう反応を返されれば、こちらとて黙っている訳にはいかない。

 どうしてこうも自分には我侭になるのか、今度はこれを聞き出さなくては、と思いつつも、先程よりも強い声で言い返す。

 ジェイドが悪い訳ではない。ジェイドとしては当り前のことを言っているだけだ。

「や、じゃありませんよ。聞き分けて下さい」

「や!」

 小さくなってもプラチナは頑固だった。

「プラチナ様、いい加減にして下さいよ」

 眠いと言っていた先程とは違って、強気で上目遣いに睨んでくるプラチナに、反射的に強い視線と口調で返せば。

 びくりと体を震わせて、泣きそうな顔になる。

 まずい、とジェイドが思った時には遅く。

「…やぁっ!じぇいどの、ばかぁっ!!」

 思い切りジェイドにぬいぐるみを投げ付けて、ベッドを飛び降り、プラチナはどこかに走り去ってしまった。

* * *

(…あーあ……)

 失敗したな、と書類を捲る手を止めて、ちらりと誰もいない背後のソファに目をやる。

 プラチナが昼を過ぎても戻ってこない。

 …と、いうことは。

「ジェイド、お前プラチナに何かしたなぁっ!?」

 勢い良く、というよりもかなり乱暴に、ジェイドの執務室の扉が開かれて、アレクが怒鳴り込んで来た。予想していたとは言え、あまりの騒々しさに頭痛を覚える。

「…ああ、やっぱりそちらに行ってたんですね」

「当り前じゃん!俺はプラチナの兄貴だからな!」

 顔をしかめて言えば、ずかずかと当たり前のように部屋の中に進み、机を挟んでアレクも睨みつけて来る。

「わざわざ、宰相がお仕事をサボってこちらに来られなくても良いでしょうに…」

「仕事より、プラチナの方が大事だから、仕方ないだろ!」

 きっぱりと言いきって、アレクは机の端に腰掛けた。恐らく納得する話が聞けるまでは、仕事の邪魔をするためにそこを動かないというつもりなのだろう。

 ため息をついて、ジェイドは椅子の背もたれに寄りかかる。

――…別に、何もしてませんよ?」

「嘘だ!じゃあ、なんであんなにしょんぼりしてんだよ!?それに、ぬいぐるみも持ってないし!」

「本当ですって。ぬいぐるみならそこにありますから、持っていって下さい」

 いつもプラチナが座っているソファに、ちょこんと乗っているウサギの縫いぐるみを指差すと、アレクはそれをちらりと見て、もう一度ジェイドに視線を戻すと、ジェイドにとって意外な言葉を口にした。

「…ぬいぐるみはいいから、迎えに来いよ」

 アレクがそんなことを言うとは思っても居らず、少々面食らう。

「何故です?プラチナ様も、きっと兄上が恋しくなったんですよ。アレク様の方が、ずっと構って頂けて嬉しいでしょうし。良かったじゃないですか、ずっとお傍に居て貰えて?」

 私も仕事が捗りますしねえ、とジェイドが言えば、アレクはずい、と身を乗り出して。

「何に怒ってるか判んないけど、子供で、プラチナのした事だろ?許してやればいいじゃんか」

「…は?」

 アレクが言うように、さて自分は怒っているのかとジェイドは自問自答するが、そう言うつもりは無い。

「怒っているというより…これはしつけです。随分と皆さんに甘やかされて、我侭になられているようですから。何度言っても聞いてもらえないし、こちらも困ってるんですよ」

 ため息をつけば、アレクはジェイドの言いぐさが気に入らないのか、顔を赤くして声を大きくする。

「お前って、最っ低!あんな小さなプラチナに、まだ酷いことするのか!?昔だってプラチナに酷いことばっかりしてて、もうしないって約束したって言ってたのに!」

 …何故知っているのだろう。

 プラチナとした約束で、アレクに言った覚えはないが、きっと小さくなる前のプラチナと一緒に昼寝をしていた時にでも、根掘り葉掘り聞いたのだろう。

 プラチナとの約束を、約束してもいない他人から口にされるのはとても居心地が悪いものだ。

 腹の中を探られているようで、気持ちが悪い。

「ご飯だって少ししか食べないんだぞ!」

 更に詰め寄るアレクから顔を背けて、苛々するのを何とか押さえる。

「きっと、食べたくなかったんですよ。好き嫌い多いですから」

「ジェイド!いい加減にしろよ」

 ばん、と机を叩き、睨みつけてくるアレクに、ジェイドは遠慮せずに冷ややかな視線を返す。

 もうそろそろ、我慢の限界だった。

 声も自然と、刺々しくなる。

「…言いませんでした?私は子供が嫌いです」

「あんなに優しくしてたのに?」

 意外な言葉を聞いた気がして、顔には出さなかったが、少々戸惑った。

 自分にとても似つかわしくない言葉。

「…そう見えましたか?」

 優しい振りならしていたかもしれない。小さくても、プラチナだから。

 …だが。

 本当に優しくなんか、してない。

 優しくなんて、出来なかった。

――…それは意外ですね」

 伏せ目がちに答えるジェイドの机からおりて、アレクは正面からジェイドを見つめる。

「…本当は、自分の優しいところを認めたくないだけだろ」

 あんなに幸せそうにしてたくせに。

 アレクの言葉に、先ほどからジェイドの中で持余し気味だった不快な感情が最高に達する。

 背後のぬいぐるみを羽根ペンで指し示して、睨みつけた。

――…それ持ってさっさと出てって貰えます?これ以上仕事を停滞させるおつもりなら、停滞させた分、そちらに回しますよ?」

* * *

 プラチナが居ないので、いつものその世話の時間分、久しぶりに遅くまで仕事をする事が出来た。

 今頃はきっと夕食も終わって、湯浴みをしている頃だろう。

 そう思いながら、ジェイドが薄暗い廊下を進んで自分の部屋に戻ってくると、少し離れたジェイドの部屋の扉の前に、小さな固まりがあるのに気が付いた。

 俯いて、ぬいぐるみを抱え座り込んでいる小さな姿。

 ちょっと力を入れれば、折れてしまいそうな首が、髪の間から覗いている。

 …こんなに寒い廊下で、いつからそうしているのだろうか。

 そう思い、その姿を暫く無言で佇んで見つめていると、ジェイドの気配に気が付いたのか、ふと顔を上げる。

 ジェイドだと認識した途端立ち上がり、駆け寄って来て、そして躊躇いも無くいつものように、ぎゅっと幼い力でジェイドの脚に抱きついて。

「…ごめんなさい…」

 そのか細い、小さな声は、しんとしているこの薄暗い廊下にはよりいっそう悲しく響く。

 …謝らせたかったのでは、ないのだけれど。

――…もう、夜も遅いですし、寒いですからお部屋に戻って下さい。お話はまた、明日聞きますから…」

「や…」

 引き剥がそうとするジェイドの手を避ける様に身を捩って、イヤイヤと首を振る。

「寂しいんでしたら、アレク様のお部屋に行かれますか?」

 ジェイドの言葉に、プラチナは一生懸命背伸びをして、ジェイドの顔を見詰めながら問い掛ける。

「あにうえはよくて、どうしてじぇいどといっしょはだめ?」

 プラチナに合わせて屈む、ジェイドの服を掴むプラチナの手を、ジェイドは微苦笑と共にやんわりと外す。

「…私は、部下ですから」

「や」

 ジェイドを見詰めたまま、微かに首を振りながプラチナは自分の気持ちを訴えようとするが、幼い故に言葉を上手く使えない所為か、酷くもどかしい様子が、ジェイドにも伝わってくる。

「いいこにするから…」

――…プラチナ様は王様ですから、部下なんかと一緒に寝てはいけません」

 ジェイドの言葉を聞いた瞬間、じんわりと涙がにじんだかと思うと、ぽたぽたと白い頬に落ちる。

 泣かせたかったわけでも、ないのだけれど。

 どうにも、上手く行かない。

 本当に、優しくなんかない。

「おやおや…王様は、泣き虫じゃダメなんですよ…?」

 顔を覗きこみ、ぬいぐるみをきつく抱きしめて泣いている、プラチナの涙をそっと拭う。

「王様は、部下の前では気高くて、そして強くなくてはいけません。どんなに辛くても、哀しくても。甘えるのでしたら、兄上様に甘えなさい」

「やぁ…っ!じぇいどがいい。じぇいどといっしょがいい…っ」

 ぬいぐるみを抱えていない手で、懸命に涙を拭ってジェイドに訴えるかのような、真っ直ぐな視線で見詰めてくる。

 嗚咽で震える吐息が、静かに廊下に響く。

 その音に対して、とても低い囁きをジェイドは返した。

「何故、私と一緒が良いんですか?アレク様だって、お優しいでしょう。他の者だって…」

 ジェイドの言葉に弾かれた様にプラチナは首を強く振って、ぎゅっと両手でぬいぐるみを抱き直す。

 まるで、言葉を発する勇気をぬいぐるみから貰うかのように。

「じぇいどがいい…」

「アレク様がお嫌いなんですか?」

 ジェイドの言葉に、俯き声もなくふるふると細い首を振る。

「お好きなら、アレク様の所でいいじゃないですか」

「や…」

「…何故?」

「じぇいどが、すき…。じぇいどが…いちばん、すき…」

 泣きじゃくりながら、ジェイドの首にしがみ付いて来る。

「私が…?」

 驚愕に目を見張って、プラチナを見た。

 離れないという意思表示をしているのか、首に必死にしがみ付いている。

 その幼い体を、少々躊躇いながらもそっと、両腕で抱きしめた。

 腕におさまる、この小さな弱き存在。

 ジェイドの体で隠れてしまうような。すぐ泣いてしまうような。

 それなのに、この意思の強さは一体なんだろう。

 何処から、やってくるのだろう。

 プラチナに、完全に降参して。

 更に、この小さなプラチナにまで、負けてしまうなんて。

 この魂の為に生きているのだと、自覚させられる。

 少しでも、抗うことは出来ないのだと。

 可笑しくて、ジェイドは自嘲した。

 しがみ付くプラチナの頭をそっと撫で、そのまま手を下ろして背中を何度も撫でた。

――…どうしてあなたは、俺を選んでしまうんです…」

 独り言のように、このちいさなプラチナに理解してもらおうとは思わない言葉を、そっと囁く。

「もっと、優しい人たちがいるのに…」

 顔を上げることのないプラチナの銀色の髪を手で梳いたり、頭を撫でたりを繰り返し、そしてもう一度、力を込めて抱きしめる。

「折角、小さな頃から…傷一つない最初から、やり直す事が出来るのに」

 漸く顔を上げたプラチナの顔は、涙でぐしゃぐしゃで、本当に可哀想なくらいだった。

 どんな姿でも、どんな表情でも、愛おしいのは変わらない。

 そのプラチナの頬を、両手で挟んでジェイドは微笑む。

「…馬鹿ですね、あなたは…」

 そのままそっと、額に口吻けた。

* * *

「プラチナ、これ何?」

 絨毯の上にぺたりと座りこんで絵本を眺めている際に、ぬいぐるみの首に巻いているリボンに金属の鍵が付いているのに気がついて、アレクが手を伸ばそうとした途端、プラチナが慌ててぬいぐるみを自分の背中に隠した。

「…プラチナ?」

 プラチナのそんな素振りは初めてで、驚きのあまりアレクが問い掛けると、首を振って。

「だめ…」

 上目遣いで小さく呟き、背中に隠していたぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

「ええっ!?気になるなあ~。プラチナ、教えろよ~」

「や」

「何?プラチナの宝物入れの鍵?…にしてはちょっと大きいよな…」

 いろいろと体勢を変えて、プラチナが力一杯抱きしめているぬいぐるみを見ようとするが、プラチナも体ごとイヤイヤをして、抵抗する。

「…なぁ、プラチナ。お願いだからさ、良く見せて?」

「だめ」

 プラチナの続けての拒否に、とうとうアレクもカチンと来て、つい大きな声を出す。

「何だよ~、プラチナのケチ!弟なんだから、兄貴の言うことはちゃんと聞けよ!」

 アレクのその態度が気に入らなかったのか、プラチナの機嫌も悪くなり、ぬいぐるみをもって立ち上がると、扉へと向かう。

「や! かえるっ」

「もうすぐ、ケーキが焼けますから…えっ?」

 隣室から顔を出したサフィルスが、扉が開け放たれたままのアレクの部屋から走り去るプラチナの姿を見て、慌てて止めようと声を掛ける。

「あっ、プラチナ駄目ですよ!今はジェイドの部屋には鍵が掛かってて、入れませんよ?」

 サフィルスが言い終わる前に、小さなプラチナは止まることなく走り続けて、廊下の奥へと消えてしまっていた。

「ああ…またケーキが無駄に…」

「いいよ。プラチナだって、ジェイドの部屋に入れなかったら、戻ってくるよ」

「そうだと良いんですけど、最近戻ってきませんよね、プラチナ…」

 前までは、ジェイドの居る会議室の前と、アレクの部屋を往復して過ごしていたのに、最近はふらりといなくなったまま、帰ってこない。それなのにジェイドも心配することなく、どこから探し出すのか、眠った状態のプラチナを抱えておやつを食べさせに来るのだ。

「俺が食べるから良いよ」

「それが…張り切って大きく作っちゃったんです…」

「またぁ!?」

 アレクの呆れた声に、サフィルスはがくりと肩を落として。

「…仕方がない、ジェイドに持たせますか…」

 ジェイドの部屋の扉の前にプラチナは立つと、ぬいぐるみからリボンを外した。

 良く見れば、ジェイドの扉には鍵穴が二つあり、一つはドアノブに、そしてもう一つは物凄く下の方…プラチナにちょうどいい高さにある。

 大人であれば、少々屈み込む必要がある、不自由な位置。

 ぱっと見気付き難いその鍵穴に、プラチナはぬいぐるみのリボンに結わえられている鍵を差し込み鍵を回す。かちり、と小さな音がして、プラチナは鍵を抜いた。

 あとは魔法の力を借りて、扉を開けてするりと中へ入りこむ。

 閉じた扉に同じように鍵をかけると、いつもの指定席であるソファによじ登り座って落ちついた。手の届く位置にお気に入りの絵本や勉強の道具もある。

 ここで、ジェイドが帰ってくるのを待っていればいい。

 たとえ寝ていたって、ジェイドが帰ってくるのは判るのだから。

 会議が終わって、ジェイドがプラチナを預けていたアレクの部屋を訪れた時、案の定プラチナはそこにおらず、不貞腐れた様子のアレクがサフィルスの給仕でケーキを頬張っているところだった。

「ああ、ジェイド。プラチナは…」

「見れば判る」

 サフィルスの申し訳なさそうな物言いを、あしらう様に遮った。そのまま踵を返そうとするジェイドに、サフィルスが声を掛ける。

「今日は、甘くないシフォンケーキですから、如何です?」

「…判った、見つけて連れてくる」

 確か、プラチナはシフォンケーキは嫌いじゃなかったはずだと、ジェイドはサフィルスの薦めを受けることにした。

 小さなプラチナは子供にしては、果物以外の甘いものは余り食べない。

 小さくなる前と一緒で。

 サフィルスが隣室に用意をしに姿を消すと、アレクが行儀悪くフォークを口にくわえたまま、立ち去ろうとしていたジェイドに声を掛けてくる。

「なあ、ジェイド」

「何です?」

「プラチナのぬいぐるみのリボンについてた鍵、何?」

 アレクの問いに、ジェイドは文句のつけようがない笑みを返す。

「プラチナ様に直接、お訊きになればいいじゃないですか」

「教えてくれなかったから、訊いてるんだよ」

「じゃあ、駄目です」

 アレクの言葉に無碍もなく返事を返すと、アレクが不満の声を上げる。

「なんだよ!なんでジェイドもプラチナと同じで『ダメ』っていうんだよー!」

「諦めが悪いですねえ…。プラチナ様が駄目だと言うのを、私が教えるわけ無いでしょう」

「この、ケチ―!ケチ主従!」

「なんとでも」

 部屋に戻ると、プラチナはいつものソファで眠ってしまっていた。

 ソファの背もたれに掛けていた、ジェイドの上着に包まって。

「…皺になるじゃないですか…」

 小さな体はすっぽりと上着に納まっている。肌寒い時に羽織るために用意していたから、上着の内側は布が厚く、プラチナにとっては毛布代わりに丁度良かったのだろう。

 空いたスペースに腰掛けて、眠るプラチナの顔を覗きこむ。

 寝室の扉にも、同じように二つの鍵穴をジェイドは用意した。

 この二つの鍵穴は連動していて特殊なものだから、扉ごと変えなくてはならなかったが、毎回鍵を壊されていたのだから、同じようなものだ。

 一緒に寝ても良い、とは言わなかったけれど、ジェイドは鍵をプラチナに渡した。

 使い方も教えなかった。

 使えないなら、それまでのことだとジェイドは思っていた。

 だが、プラチナは扉の前で長いこと、自分なりに試行錯誤を繰り返しながら使い方を覚えて、それ以来、部屋に入るのに魔法で鍵を破壊したことはない。

「…じぇーど」

 眠っているプラチナの前髪を軽く撫でていると、ゆっくりと瞼が開いてプラチナが目覚める。

 寝ぼけているプラチナは、いつも以上に甘えたがりだ。

 頬を撫でるジェイドの掌に、嬉しそうに頬を摺り寄せて来る。

「こんなところで寝ていたら、お風邪を召しますよ」

 ジェイドの声に、プラチナは体を少し起こすと、ジェイドの方へ腕を伸ばして寝ぼけ眼で強請る。

「じぇーど…だっこ」

「抱っこしたらどうせ、また寝るんでしょう」

 ジェイドがそう言いながら抱き寄せれば、胸にすりすりと頬を寄せてくる様はまるで猫。

(これで、我侭さえ言わなかったら、いいんですけどね…)

 そう思いながら、プラチナの頬を突付く。

「プラチナ様、夜が眠れなくなりますから、起きて下さい。サフィルスがあなたの好きなおやつをくれるそうですよ」

「じぇーども、おやつ…?」

「プラチナ様が、きちんと起きるのでしたら」

「…おきる」

 眠そうな目を何度も瞬きして、起きようと努力する。

 何でも『ジェイドと一緒』であるのが嬉しいらしい。

 勉強も、昼寝も、おやつも。

 何も特別なことはしない。

 …きっと、誰よりも、優しくないのに。

 何が嬉しいのか、ジェイドには判らないけれど。

 ――…幸せそうなのだから、仕方がない。

end.