パステルブルーの小さなものが、公園の入り口にぽつんとあった。
昨日まで、パステルブルーの何かが公園の入り口にあった記憶は無く、眼鏡で矯正した視力でも雨で煙って見える視界の所為か、それが何なのか遠目ではよく判らない。
徐々に近づくにつれてああ、幼稚園児がパステルブルーの傘を差したまま、草むらに屈み込んで何かをしているのだ、ということが漸く判る。
体が小さいから、傘にすっぽりと姿が隠されてしまっているのだ。
まあ傘も一応差しているようだし、母親でも待っているのだろうとそのまま通り過ぎようとして、――勢い良く振り返ってもう一度確かめた。
「プラチナ様…?」
「……じぇーど」
ジェイドの声音に、プラチナはきょとんとした顔で見上げて来たが、珍しくにこりと笑ってジェイドの名前を呼ぶ。
「こんなところで何をしているんです?お迎えはどうしたんですか?」
確か、プラチナの通う幼稚園は送迎バスの利用でなければ、保護者同伴だったはずだ。
プラチナの双子の兄の面倒に追われた世話係の代わりに、何度か迎えに行ったことがあるが、その時も大人しく待っていたから、彼の単独行動は珍しい。
プラチナの視線に合わせて体を折るが、何故だかプラチナが立ち上がらない為に結局ジェイドも隣へと屈み込む。
「じぇーどをまってた」
「どうしてです?」
別に公園で待ち合わせる約束などしてないはずだ、と昨日のことを思い出して頭の中で確認する。
ここ最近、彼は良く隣のジェイドの部屋へ遊びに来るが、彼をつれて外出するには世話係の許可がいちいち必要で、だからもっぱらジェイドの部屋で過ごすことが多い。
「これ、」
膝に置いていた右手を伸ばし、そっと小さな指先でそれに触れる。
シロツメクサの咲く一帯に埋もれて、四つ葉のクローバーがひっそりとそこにあった。
誰から聞いたのかは知らないが、幸運のお守りになるのだと知って、探していたのだろう。
子供の頃、一度は殆ど誰もが経験することだ。
そのお守りの力が本当だとしたら、ジェイドはどちらかと言うと五つ葉や七つ葉に興味があったが、残念ながら無邪気に探す年齢ではとうになくなっている。
「あなたが見つけたんですから、あなたものです」
彼にとっては余程大切なものなのか、摘もうともせずただじっと見詰めているプラチナにそう言うと、四つ葉のクローバーから視線をジェイドへと向けて来た。
何を伝えたいのか判らず、そのままジェイドも無言で彼の大きな目を見つめ返すと、プラチナは小さな声であげる、と呟く。
「え?」
「…じぇーどに、あげる」
そうしてまた、視線を四つ葉のクローバーへと戻してしまう。
そうやって、大切そうに、…宝物かのように見詰めているのに。
「――……俺が、貰っても良いんですか?」
「ん」
こくりと頷いた拍子に、髪が流れて細い首が見えた。
ジェイドの位置からは、俯き加減の横顔の表情が読めない。
「あなたの方が、きっと大切にすると思いますが…」
言葉を遮る様にふるふると首を振って、ジェイドを見る。
「あげる」
強い瞳で、きっぱりと言うその言葉に、継ぐ言葉はなにも無く。
緩々と腕を伸ばし、雨に塗れたそれに触れる。
折った拍子に、隣に咲いていたシロツメクサの水滴の溜まった花弁から、水が滴り指を濡らした。
「ありがとう…ございます」
プラチナの顔を見れば、自分が手に入れたかのように、嬉しそうに微笑んでいた。
機嫌の良いプラチナの手を引いて帰りながら、手帳に挟んだ四つ葉のクローバーのことを考える。
貰ったのはこうして目に見える、形のあるものだけれど。
本当に貰ったのは、プラチナの心なのだろう。
てのひらの中の、小さな温もりを想う。
握り返してくる指の力は、些か頼りないくらいで。
溢れそうな感情で、胸が締め付けられるように痛む。
油断したら、柄にも無く泣けて来そうな。
――…こんな一途な恋は、出来ない。
* * *
机の右、一番上の引き出しを開け、しおりを取り出す。
あれからの時間の経過を示すように、ベージュへと退色してしまった、四つ葉のクローバーのしおりを室内灯の光に透かす様に見る。
彼に、これを見せたら何と言うだろう。
覚えているだろうか、それとも忘れてしまっただろうか。
あの時の胸の痛みは、今でも鮮明に思い出せる。
四つ葉のクローバーをなぞる様に指先で触れる。
口元には穏やかな笑み。
――… こんな一途な恋はもう、出来ない。
end.
花言葉は、『私のものになって』