……つくづく自分は寝汚い。そうプラチナは痛感した。
一体、今日は何時間寝れば気が済むんだ。何も疲れることをしたわけでもないのに、ほんのたった数ページ、数行読み進めただけで眠ってしまうとは。常にこうだから、「春だから」というのは慰めにはならない。
もしかしたら、「眠り病」というやつではなかろうか。
それだったら大変だ。
父上に、申し訳ない…… そう思いながら、日の暮れ掛かった学園の図書館に足を踏み込む。
家からそう遠くない場所に、学園があってくれて本当に助かった。
「カロール、居るか?」
カウンターの奥に向かって、声を掛けると、静かにこちらに向かってくる人影がある。カロールだ。
「プラチナ様、今日はもう、いらっしゃらないかと思いました」
この図書委員が、プラチナは嫌いではない。本の趣味も合うし、いろいろ詳しい事を知っているし。牧師見習なのだと言っていたが、その所為だろうか。
「すまない、遅くなって。これを…」
「はい、返却ですね。…そういえば、以前僕がオススメしていた本が、やっとこちらに入ってきたんです。プラチナ様、如何ですか?」
「そうか。…と、まずいな、今日は剣道部に寄るつもりだった。すまないが、長居が出来ない」
とっさに時計を見る。もうそろそろ部活も終り始める頃だ。間に合うだろうか、と少し不安げなプラチナの表情を見て、カロールは微笑んだ。
「いいですよ、本は無くなりませんから…いつでも、お時間のあるときに、いらして下さい」
「本当にすまない。…また、明日にでも、必ず寄るから」
「ええ、お待ちしています」
* * *
夕闇の中の、風に流される桜の花びらは、それだけで独特の世界を作り上げられる。
その下を潜るようにして、プラチナは光と声の漏れる道場内に足を運んだ。
「おー、プラチナやんかぁ!ひっさしぶりやな~、生きてたんか?」
姿を目に留めるなり、ルビイが大きな声を出しながら、プラチナに近寄り細い身体をバシバシとあちこち叩く。その度に揺れる頼りない身体に、
「なぁーんか、更にいっそう細なってないかぁ?こんなんで、ホント俺より強いんやから、サギや」
と、不機嫌そうにプラチナを見た。
「ルビイ、痛い」
「あー、すまんすまん。つい久しぶりで嬉しくてな。しかし相変わらず細いな~。ちゃんと食ってるんか?」
「食事はきちんと摂っている…それより、すまないな」
「ほんまやで~。運動部の助っ人のはずが、最近剣道部に固定されてるんやから」
責める言葉の割には、ルビイの表情には屈託が無く、プラチナも自然と軽い笑みで返す。
「今度、家に食事に来い」
「ええっ、マジ!?ええんか?」
「別に構わない。お前に対する礼では、こういうものしかなかろう」
「それやったら、今度どっかに遊びに…」
「プラチナ」
低い、静かな声にルビイの言葉が止まる。プラチナとルビイが同時に顔を上げると、長身の男がいつの間に来たのやら、静かに傍に立っていた。
「ジル、来ていたのか」
「まぁ、一応、顧問だからな」
「お前は顧問の方を本業にした方がいいと思うが…」
プラチナの言葉に、ルビイが笑い出す。
「ほんまや!」
「…俺の事はいい。それより、今日は体調の方はいいのか?」
「そうだな、悪くは無い」
「それだったら、少しやっていかないか?」
そう言って、返事も聞かずにジルは道場内へと足を運び出す。少しプラチナは考えたが、着替えもタオルも部の更衣室に置いてある。少々遅くなっても、家には言ってあるから問題は無い。
「わかった」
「おお!久しぶりのプラチナの稽古が見れるんか!楽しみやな~」
ルビイの声に、帰りかけていたほかの部員達も、道場の隅に座り始めた。
「小手のみで、構わないだろう」
「ああ。……何故ついて来る?」
更衣室に向かおうとして、ルビイの気配に振り向いた。
「ん?お着替えをお手伝い致しましょうか、プラチナ様?」
ご機嫌で、珍しく敬称をつけて言うルビイに、無碍も無くきっぱりと、プラチナは断る。
「いらん。着替えに人手が要るものか」
「ええー!たまにはええやんか!」
「何してる。早くしろ」
胴着に袴姿のプラチナは凛々しく、更衣室を出てきた瞬間に、場の雰囲気を変える。
「ほんま、目の保養やで」
ルビイはプラチナに竹刀を渡しながらそう言った。プラチナは軽くルビイを睨んだだけで、相手にしない。
「3本勝負で構わないな?」
「それ以上やれば、お前はまた、授業を休むだろう」
「…そうだな」
ため息混じりに返事をし、竹刀を手に取ると、ジルと向かい合わせになり、ぺこりと頭を下げる。
「お願いします」
「…ああ」
動作も流れるように隙が無く、それについて回る髪の動きがまた優雅で。
ジルの返事に体を起こしたプラチナが、竹刀をすっと構える。ジルもまた、同じ様に構えて。
「始め!」
ルビイの声で稽古が始まった。