「プラチナ~、ちょっといいかい?」
4月の最後の週の、始めの事だった。
少し鼻にかかった声が、教室の窓際に位置するプラチナの席に向かって、廊下側から聴こえてきた。見れば廊下の窓から小柄の少年が顔を見せている。
プラチナは席を立って、少年に近づいた。
「どうした、ベリル」
「ちょっと、これからの行事予定について、検討したい事があるんだよ」
ベリルはプラチナよりも幼く見えるのに、この学園の生徒会長を勤めていた。プラチナは勝手に、彼によって副会長に任命されていたが、プラチナ的に反対する理由が無かったので、協力する事になっている。
「そうか。では昼食を取りながらでも…」
「そうしてくれるかい?すまないね」
「いや、ただ少し待て。兄上に伝えてくる」
「ああ、そうするといい」
笑顔で、手を振りながらベリルはプラチナを見送った。
プラチナの言葉を聞いて、アレクはプラチナの腕を掴んでいかにも不満そうに声を上げた。
「え~、プラチナ、今日は一緒に食べられないの?」
「用事が入ってな。すまないが、ロードや他の者と一緒に食事をしてくれるか?」
「うん、それはいいけど…あんまり、無茶しないでね」
「わかっている。…兄上も、あまり皆に迷惑は…」
「あー!もう、わかってるよ」
プラチナの言葉を遮るように、声を大きくするアレクの姿に少し微笑んで。
「そうか。…では、行って来る」
「あれ、プラチナは?」
3人分の弁当を持ってきたロードが、きょろきょろと姿を探す。
「何だか、生徒会の方で用事が入ったって。ベリルと行っちゃったよ」
「ええ!?この弁当どうするんだよ?」
「俺が食べるよ、プラチナの少ないし」
「あー、まぁ…それならいいけどよ…アイツちゃんと昼飯食うかなぁ…」
「食べると思うよ、ベリルと一緒だし、たぶんジルも一緒じゃないのかな」
「あ、じゃあ大丈夫か。…ただ宴会にならないといいんだけどよ…」
そう言って、間近の席に座るロードを待ち切れずに、アレクは弁当の包みを外す。
その無邪気な様子に、ロードは先日の保険医の様子を伝えようと、重く口を開いた。
「ところでさぁ…」
「あれ、プラチナは?どこ行ったんや?」
ロードが話し始めた瞬間に、突然ルビイが、売店から大量購入してきたと見えるパンを抱えながら、ロードと同じ様にきょろきょろとプラチナを探す。
「生徒会室だよ」
「何や~、つまらんなぁ…」
アレクの返事に実に残念そうな顔をした。そして当然のように、ロードとアレクの輪に混ざる。
「何だよ、お前!自分の教室で食えよ」
「どうせ味気ないパン食うなら、目の保養したかったんや!ええやんか、今更戻るのめんどいし」
「お前が居ると、お弁当のおかず盗るから嫌なんだよー…」
アレクやロードの苦情にも動じず、さっさと自分の食卓にする。のんきに鼻歌まで歌って。突然爆弾を落とした。
「こないだな、プラチナにお食事、お誘いいただいたで?」
そのルビイの言葉に、アレクとロードは同時にむせた。
「何だとぉ!?」
「プラチナに何言ったんだよ、ルビイ!」
「何にも言ってへん。ただいつも俺が剣道部で頑張ってるからやな、そのお礼て」
「あー、それって弱みにつけこんだんじゃないかー!」
「そーだ、そーだ!」
「人聞き悪いな~、別に普通やんか」
にやにやと笑うルビイを前にして、ロードとアレクは爆発寸前だ。
「お前なんか家に来んなー!絶対入らせないぞ!」
「あ~れ~、プラチナの嫌がることをしてもいいんか?お兄ちゃんなのに」
「何だとー!」
「…お前に入れる茶には雑巾水入れてやる…」
「うわ、何最低な事言ってんねん、お前!」
「…そうですか…」
騒ぎの中に静かな、しかし力のこもった声が3人の騒ぎをぴたりと止めた。
騒ぎに夢中だったが、気が付くと背後にカロールが立っている。
「本家の方の用事も片さず、早く帰りもしないで…お忙しいんじゃなかったんですか、お兄ちゃん」
「……せやからな、それはやめぇて…」
「僕に本家の用事をさせて…プラチナ様の、ご迷惑になる事が、あなたのしたい事ですか…?お兄ちゃん」
言葉の一つ一つが、室内の温度を下げていくようだ。笑顔が何と言っても怖い。笑っているが、眼が笑ってない。
「それで、何なんや!俺にイヤミ言うために来たんやないやろう!」
「当り前です。僕はそんなに暇ではありません。プラチナ様に本をお貸ししようと…」
「そんなんお前こそ、頼まれもせんことするなや~!」
「相変わらず、怖ぇなぁ~…ルビイの弟…」
「そうだね…」
言葉少なに、2人は下を向いて食事を再開する。
「そういえばさ…お前、新しい保険医に会った?」
「ん、会ったよ?それがどうかした?」
「何かさ、アイツ、やばいから。近づくな」
「…そうなの?」
ロードの意外に静かな声に、本気を悟ってアレクも静かに返す。ルビイとカロールの騒ぎの方が大きく、周囲には気付かれない。
「プラチナに、やばいんだ?」
「そうだと思うけど…お前の事もちょっと言ってたな」
「そう…判った、気をつけておくね」
「ま、俺も出来る限り、頑張るからさ」
ロードの言葉に、アレクは軽く頷いて。それからルビイとカロールの騒ぎを止める為に声を上げた。
「カロール、本は俺が預かっておくからさ、もうやめなよ~」