「プラチナ、起きてよー!」

「ん…っ、兄上!?」

 激しく身体を揺さ振られて、驚いて目が覚めた。

「………な、何が…あったんだ…?」

 目を開いたその視界には、アレクを始めとして、ロード、ベリル、ルビイ、カロール…と揃いも揃った面々がプラチナの顔を覗き込んでいる。

 あまりのことに、何か緊急の事態が起こったのかと思った。

「何も?ただもう、お昼だからね。起したんだよ」

「やーっと起きたなぁ…、お前ホント、ぐっすりだよな~」

「今日は天気がええで~、外行こや、外!」

「ハイキングみたいな感じで、きっと気持ちがいいですよ」

「あ…、ああ…」

 突然の事に事態が上手く飲み込めずに、暫くぼーっとしていると、ロードが空いているスペースに身体を滑り込ませて、プラチナに抱きついてきた。

「プラチナ、お前可愛すぎ―!!ロード、添い寝してあげるっvv」

「ああっ、ずるいぞロード!!ちくしょー、俺もっ!」

「あ、いいねぇ、僕もここで昼寝させてもらおうかなぁ…」

「え、そら参加せな損やろ!プラチナー!」

「みなさん…プラチナ様は具合が悪いんですから…」

 遠慮がちに、それでもカロールはプラチナの腕を握る。

 皆がベッドに群がって、プラチナは頭とか腰とか腕とかにそれぞれの重みを感じて閉口した。

 なんて目覚めだ。

「…重い…」

「まぁまぁ、ええやんか、プラチナ」

「そーだそーだ、ちょっとだけだからよ~」

「そうだよ、俺達兄弟なのに全然一緒に寝ないじゃん!」

「それは…兄上の寝相が…っ、苦しい、ロード!」

「…あなた達、病人相手に何してるんです…?」

 少々怒りを含んだ声に、騒ぎがぴたりと収まる。しかしプラチナはまだ解放されず、皆に触られたままだ。

(ジェイド…居なかったのか)

 どおりで皆が入り浸っている訳だ。

「人が所用で出ているときに…あなた達は病人を見舞いに来たんですか、それとも悪くしに来たんですか!?」

「もちろん、お見舞いに決まってるわ☆」

 ロードが立ち上がり、つい、と保険医に歩み寄る。

「これはどうも、お嬢さん。今朝はありがとうございました」

「あらぁ?気が付いちゃった?」

「ええ。もう、お嬢さんとよく判るような、作為的な雰囲気がひしひしと」

「残念…意外と、馬鹿じゃないのね❤」

「そりゃあ、伊達に医大出てないですから」

 2人して、笑顔で会話をしている。実に楽しそうにプラチナの眼には映っていた。プラチナの脚に乗りかかっていたベリルと、プラチナの背中の上に被さっていたアレクが、2人に聴こえないようにこそこそと話す。

「あはは、何だか、楽しそうだねぇ…あの2人」

「水を得た魚、って感じかな?」

「そうかぁ?俺にはめっちゃ嫌な雰囲気にしか見えへんで?」

「何だか、僕も参加したいくらいです…」

 会話と笑顔の割には、険悪なムードが漂っているのだが、プラチナには良く判らない。この2人は仲が良いのか、と見当違いのようなことを考えていたが、そういえばジルが今朝言っていた事を思い出して、脚もとのベリルに目をやった。ベリルは視線だけで気が付いてくれる。

「何だい?プラチナ」

「…明日の準備の確認を、しなくてもいいのか?」

「ああ、君が寝ている間に、皆にやってもらったよ。放課後も協力してくれるって言うし」

「そうか…すまない。兄上も…」

「いいんだよ。お前はいつも、頑張りすぎなんだからさ。それにさ、準備とかそういうのって、楽しそうじゃない?何だかわくわくするよなぁ…」

「そうか?」

「そうだよ。授業無くて皆と心置きなく騒げるって、楽しいよ、絶対」

「…そうだな…」

「さ、プラチナ様も起きて下さいよ。もうお昼ですから」

 話の区切りを無理矢理つけて、ジェイドがベッドに近づいてきた。周りのルビィ達を退けると、額に手をやって顔を覗き込む。

 ジェイドの掌は、いつも冷たくて気持ちがいいと、プラチナは思う。 ジェイドの体温が低いのか、それとも自分が高いのか。

(ジェイドの体温が熱くなる事はあるのだろうか…)

「熱も無いようですし、顔色も随分いいですから、もういいでしょう」

「お前近づきすぎだぁ!」

 ロードの声に、心外ですね、とジェイドが顔を上げる。

「仕方が無いでしょう、診察しているんですから」

「ロード、うるさい」

 プラチナが顔を顰めてロードに低く言うと、「プラチナ、酷い!」と可愛らしい声を出して、アレクに泣きついた。フリなのは判っていたので、プラチナは特に相手をせずに、ベッドを降りる為に靴を探す。靴を履いて立ち上がったところで、いつものようにリボンを外した。

「ジェイド」

「はいはい」

 プラチナを手近の椅子に座らせてから、ジェイドは当然のように慣れた手つきで髪を梳かし出す。

 周囲は暫くプラチナの髪の美しさに見惚れていたが、あっ、とアレクの上げた声に我に返った。

「なぁに当然のように、プラチナの髪梳いてんの!?先生ってば!」

「あ――!俺だってめったにやらせてもらえないのにっ!」

「そ、そうやそうや!何やってんねん!」

 カロールは多少茫然自失気味に、ベリルは楽しそうに成り行きを見守っている。

「うるさいですねぇ、さっきから。これはプラチナ様と私の約束ですけど?」

「何ですか、約束って…?」

 カロールの言葉に、プラチナは眠そうに小さくあくびをして、何でも無さそうに言う。

「保健室で寝たときは、髪のことはジェイドに任せる」

(ジェイドの見返りは、変なものが多いな…まぁ、別に問題があるわけではないが…)

「え~~~~~!」

「勿体無いで、こんなヤツにやらすの!」

「そーだそーだ、俺がちゃんと毎回迎えに来て、梳いてやるから!!」

「仮にも先生を『こんなヤツ』呼ばわりですか?」

「お前なんか、それで充分だー!!」

 アレクの叫びを聞いて、プラチナは思わず小さく笑った。いつもは微笑むのが関の山の、プラチナの珍しい笑い方に、皆がまた一様に見惚れる。原因の、アレクでさえも。

「プラチナ様も、同じ様な事言ってましたね…」

「ああ、やはり双子という事か」

「うわ、2人だけの会話すんなー!!」

 ロードが怒鳴る。プラチナがジェイドによってあんな笑顔をする、というのが許せない。そんなロードたちを涼しい顔で受け流して、リボンを結び終わるとプラチナの髪を一房、軽く掴んで口付けた。

「!!!!!!!」

「はい、終りましたよ」

「ああ」

 ある意味儀式めいたその動作に、もう周囲は語る言葉が無く、脱力した。