※株に関しては適当なこと書いてます。ご注意下さい。

 ゴールデンウィークの最終日。

  花見が終った後、その実行した者達で打ち上げをしようということになり、かねてからルビイを食事に招待していた事もあって、ルビイのバイトが早く終る日にあわせて、パストゥール家が打ち上げ場所に選ばれた。

 インターフォンの音に迎え出たメイドから、アレクが代わってルビイを案内する。

 ルビイは物珍しそうに玄関からしきりに邸内を見渡していたが、はぁ、とため息を吐いて項垂れた。

「…せっかくのバイトの休日を、こんなメンバーで過ごす事になるんやな…」

「文句言うなよな!家に来れただけでも、ありがたく思え」

「はいはい、すまんなぁ、坊主」

「あー!お前むかつくー!未来の理事長様に向かって、何て口の聞き方だよ」

「未来の、であって現在の、とはちゃうもんなぁ?それに、お前のその地位は約束されたもんであって、自分でもぎ取った訳やないやんか」

「ううう~…も、いいっ」

 自覚があるのか、アレクは言葉を飲み込んで黙る。その頭をよしよしと撫でてから、ルビイは先を促した。

「…ま、俺も同じやけどな。で?みんな揃とるんか?」

「うん、ベリルとカロールはプラチナの部屋に居るよ。ロードは支度してる。どうする?客間でみんなを待ってる?」

「いや、ここまできたらやっぱ、プラチナ様のお部屋訪問は欠かせんやろ?」

「…やっぱ、それが目当てなんだ…」

「ルビイ、早かったな。バイトはいいのか?」

 アレクがノックをして間髪入れずにドアを開けても、銀髪の麗人は怒りもせずにルビイを迎えた。

 ベッドにはベリルが寝転がって、既にどこから持ってきたか酒を飲んでいるし、カロールはソファーに座って本を読んでいるようだった。

 私服のプラチナというのも新鮮で、ルビイは思わずまじまじと上から下まで眺める。

 その視線にプラチナが不思議そうな顔をしてルビィを見返したので、ルビイは笑って誤魔化した。

「ああ、かまへんかまへん、今日は最初からはよ上がるて言っとったし、その為にゴールデンウィーク働きっぱなしやったんや」

「そうか、大変だっただろう」

「そう言うてくれるのは、プラチナだけやで~、ほんま!」

「プラチナ、ルビイにそんなこと言わなくていいよ。付け上がるだけだから」

 今にも抱きつきそうなルビイから、アレクがプラチナの腕を引いて間を取らせる。プラチナはそんなアレクの動作など、気にした風もなく少し微笑んで。

「俺には、バイトの大変さは判らないからな」

「何なら今度やってみるか?結構おもろいで~」

「…お前が勧めるのは、体力が必要以上に要りそうな気がするな…」

「そうか?」

 ルビイは何かを企んだかのように、含みのある笑顔でそう言いながら、部屋を見渡す。

 プラチナの部屋はシックな色調でまとめられていた。壁に置かれた立派な本棚を埋め尽くすほどの本が、プラチナらしい。そして勉強するであろう机とは別にパソコンデスクもあるのが意外だった。

「あれ、プラチナ、パソコン使うんか?」

「ああ…そうだな、授業であるだろう。仮想株市場シュミレーションの。それに主に使う程度だ。あと生徒会の書類作成などもそうだな」

「え…あの選択の授業、お前出てんのか?」

「だってあの授業に出て単位が上手いこと取れたら、数学の出席が免除になるじゃないか。僕も出てるよ。学年関係ないからね」

 途中からベリルが口を挟む。その通りなのだが、その授業に出るためにはもともとの成績が、ある一定以上のレベルに無いと許可が下りないのだ。

「僕も利用してます。自由になる時間が欲しいので」

 カロールも読んでいる本から顔を上げてさらりとそう言った。ルビイはアレクの肩を掴んで、隣に並ぶ。

「まぁ…俺らには関係ないな?」

 そう言って、同意を得ようとアレクの顔を見るが、アレクは機嫌が悪そうに視線を外す。ルビイはそれを不思議に思いながら見ていると、

――…兄上も、授業には出ているぞ」

「ええっ!?坊主が?意外すぎや!!」

 プラチナの言葉に、思わずアレクの顔を見返すと、顔を思いきり顰めていた。

「俺も出たくないよ!でも仕方ないだろー、絶対に受けなきゃダメだって言われてるんだから…」

「…父上が勉強になると言って、高等科に進んだ折に勧めていた」

「そうなんか?で、どうなんや、成果は」

「兄上は、思い切りがいいから…、結果逆張りになって成功する時もあれば…」

「酷い時はかなりの元本割れする時もあるねぇ…。会社の資金だと、倒産したり」

「うわ、めっちゃ最低な経営者やんか…」

 プラチナとベリルの言葉に、ルビイはアレクが将来財閥を担うことに少々不安になる。

 アレクはルビイの手を払いながら、頬を膨らませ、憮然として言う。

「いいんだよ、俺は将来そんなことはしないでさ、プラチナに一切任せるから」

「兄上…」

 少々嗜めるようなプラチナの声に、アレクは当然と言う顔をして。

「俺達双子なんだしさ、ずっと一緒だもん。俺に出来ることはプラチナの分もして、プラチナが出来ることは俺の分も手伝ってくれるだろ?」

「…そうだな」

「だったら良いじゃん!何にも問題ないよ!」

 プラチナの少々困ったような、それでも仕方が無いと言うかのように微笑んだ顔を見て、さっぱりした表情になってアレクが両手を広げ、そのままプラチナに抱きついて、嬉しそうに笑った。

「でも、現在の授業の単位は危険だと思いますよ?」

「そうだねぇ…君、もうすでに会社倒産させてるしねぇ」

 カロールとベリルの言葉に、ルビイとプラチナが笑った。そのとき、小刻みに軽いノックの音がして、ドアを勢い良く開いたロードが登場する。

「はーい皆様、お待たせしました☆準備が出来ましたので客間へどうぞ~」

「お、今日はチャイナ服やな。メイド服はどうした?」

「今日は中華だからよ、雰囲気!大事だろ、やっぱ。チャイナドレスの美人な姉ちゃんが配膳するのは、お約束☆」

 ロードが自分で美人と言うのは、誰にも反対はない。……口調がもっと違えば。

「中華、と言う事は酒も中国産のものを期待していいのかい?」

 ベリルの問いに、ロードは大きく頷いて。

「当然。あ、アレクには甘いやつな。飲茶セットもあるぜ」

 ロードの促しに皆が従ってプラチナの部屋を出ようとした時、部屋のどこからか聞き覚えのある音楽が電子音で鳴り始めて、それぞれの足が止まる。

「何だっけ、これ?」

「何や、音楽の授業で聞いたことあるなぁ」

「…『カノン』ですね、パッヘルベルの」

 アレクとルビイの言葉にカロールが返す。その隣をプラチナが部屋に勢いよく大股で戻って、くるりと背後を振り返った。

――…すまないが、みんな先に食事を始めていてくれないか」

 何だか急激に機嫌の悪くなった感じの、強い言葉に全員が頷いて、なるべくプラチナと眼を合わせないように部屋を出て行った。あんなに機嫌の悪いプラチナをさらに怒らせることは、少々命の危険を感じる。

 階段を下りて暫くすると、あれ?とアレクが首を傾げた。

「…変だなぁ、プラチナの携帯ってあんな音しないのに」

 さらりとした発言に、ルビイが即行反応し、先を歩いていたアレクの肩を掴む。

「えっ、あれプラチナの携帯なんか?」

「携帯、お持ちだったんですね…」

 カロールもアレクの顔を後ろから覗き込むようにして、尋ねてくる。二人の問いに、アレクは頷いた。

「うん、父上限定の、俺も番号知らないような携帯なんだよな…」

「俺思うんだけど、プラチナってアレの使い方良く判らねぇんじゃねぇか?どんなに緊急でもアレでここの家に掛けて来たこと無いぜ?」

 ロードが思い切り断言するのに、少々眉を上げて不機嫌にカロールが言葉を挟んだ。

「たぶん使い方は判ってらっしゃいますよ。…ただ、使う時が判ってないだけで」

「…そうやなぁ、俺もここに今まで電話掛けてたしなぁ…」

「ふうん、そうなんだ……」

 ベリルの考え深げな感じの相槌に全員の視線が集まる。その視線に一瞬驚いて、ベリルは微笑んだ。

「あれ?皆、気にならないのかい?この中で誰一人、プラチナの携帯の番号を知らないのに、今現在携帯に電話してきたのは、誰かって」

 ベリルの言葉に、一同はプラチナが来るまで、食事どころではなかった。

* * *

『もしもし…』

 予想していた以上の憂鬱そうなプラチナの声に、思わずジェイドは笑ってしまう。

――っ、何が、可笑しい…!』

「いえ、あまりにあなたが憂鬱そうな声を出すから」

『お前が電話してくるからだろうが!』

 不機嫌極まったプラチナの声に、また笑ってしまった。プラチナはまだ何か言いたそうだったが、何を言っても無駄だと思ったのか、今度はため息を一つ吐く。

「そんなに怒らないで下さいよ」

『……』

 沈黙が続く。きっと口も利きたくないくらい、この短い時間で疲弊しているのだろう、その姿が容易に想像がつく。

「何か言ってください。私はあなたの声が聞きたくて、電話しているんですから。沈黙は止めてくださいよ」

『…お前は何がしたいんだ…』

(ま、いろいろと、ですよ。…プラチナ様)

 本心は隠して、優しげに声を出す。

「とりあえずは、あなたの声が聞きたいです」

『今、聞いているだろう』

「本当なら、ちゃんと間近で顔も見たいんですけど。連休でお会いしてませんから。あなたの髪も梳かしたいし」

『……』

 また微かに聴こえるため息。

「そんなにため息ばかり、吐かないで下さいよ。幸せが逃げていきますよ?」

『…誰の所為だ…!』

 生真面目に反応を返してくるところが、ジェイドを楽しませているのだが、そんな自覚など本人には到底無いだろう。

「そう、怒らないで。何か話して下さいよ」

『…別に、話す事は…無い』

 プラチナの声に、そうだろうな、とジェイドは思う。彼の言葉には無駄が無い。そう言う風に育ってきたのだろうから、用件の無いこういう電話を苦手とするのだろう。

(そのうち、何でもいいから電話をしたくなるようにまで、成長して下さいね。プラチナ様)

「何でもいいんです。今日あった他愛の無いことでも、何でも」

――そんな事をきいて、どうするんだ?』

 心底不思議そうな声で尋ねてくる。

「どうもしませんよ。――あなたの声が聴きたいだけです。ほら、何でもいいですから」

『…今日…は、皆が家に来ているな』

「皆…というと、いつものみなさんですか?」

『そうだ。この間の花見…写生会の打ち上げで』

「へぇ…私もそのうちご招待されたいものですね」

『…理由が無いだろう』

 そっけない返答も、ここは敢えて無視をする。

「あ、それより私の部屋に来てみます?何も無いですが、あなたの興味を引く本があるかもしれませんね」

 本、という単語にプラチナが少し反応したようだった。判りやすい行動に、思わず声を立てて笑いそうになる。

「ああ、あと近所に果物のお菓子が美味しいカフェがあるんですよ、甘すぎないし、紅茶の種類も多くて、オススメですよ?」

 プラチナが果物や紅茶を好む事はもう知っていたから、そう付け加えてみると、さっきよりも憂鬱の度合いが変わっている。

 基本的なところは、本当に子供で。

「じゃあ…今度、あなたの身体の調子が良い時にでも、行きましょうか」

『……今度、気が向いたらな…』

 精一杯の虚勢に、今度こそ我慢が出来ずに声を出して笑った。