■ キリ番リクエスト、保健室でお弁当を食べる二人」。本編よりも仲の良い二人。

「…今日は、顔色が優れませんね」

 朝の診察をしようと向かいあわせに座ったところで、少し俯きがちなプラチナの顔を覗き込んだ。

「ああ…少し、調子が悪い…な」

 育ちからか、具合が悪いと言うことはきちんと伝える。

 確かに医者に遠慮はいらない。医者は患者がいてこその商売だ。

 額に手をやり熱があるのを確かめて、診察よりも休ませることにした。

 とりあえず自分でベッドに向かわせ、ジェイドは氷嚢の準備をするために備え付けの冷蔵庫へと向かう。蛇口を捻り水を洗面器に溜めながら、白衣とシャツを肘まで折り曲げ、プラチナを振り返る。

「…プラチナ様?大丈夫ですか?」

 ジェイドがそう声を掛けた時には遅かった。手の届く寸前ぐらりと体が揺れ、重力に従って様々な器具や薬を収納している棚へと倒れ込もうとする。最悪にも、その棚にはガラスの引き戸が付いていて、このままではプラチナの頭でガラスを割って、重傷を追いかねない。

――…くそっ!)

 咄嗟に腕を延ばして、ジェイドはプラチナの頭を庇ったが、勢いを殺せなくて自分の肘でガラスを割ってしまった。

 ぼたり、と最初から量が多く、色鮮やかな血糊がリノリウムの白い床に落ちる。

(…あー…動脈切ったか?)

 とりあえず、既に意識を失っているプラチナの体を左手に持ち替え、少し離れた場所に寝かせる。

 ガラスが飛び散っているから、本当はこんな所で寝かせたくは無かったのだが、このまま抱えていてはプラチナが血だらけになってしまう。

 自由になった左手でネクタイを外し、肘を強く縛って患部を上にあげ、ピンセットを左手に持った時、保健室のドアががらりと遠慮無しに開いた。

「プラチナ様……って、何ですか、どうしたんですか、ジェイド!!」

 サフィルスの声に少々顔を顰めつつ、ジェイドは無視して顎を杓り、背後のプラチナを示す。

「いいところに。サフィルス、プラチナ様をベッドに寝かせてくれ」

「え…え、は、はいっ」

 ジェイドの右肘を凝視したままそう返事をして、奥で倒れているプラチナを抱えるのをジェイドは目の端で捕らえながら、消毒をすると同時に腕に刺さった細かなガラスの破片を取り除く。

 取り除かれて直接ゴミ箱に捨てられたガラスの破片が、カシャン、と意外に大きな音を立て、プラチナをベッドに寝かせたサフィルスは、恐る恐る、という感じでジェイドを振り返った。

「あ…あの…一体何が…?」

「お前が期待しているような事は、何も無い。ほら、床の血とかガラスとか片付けろよ」

 サフィルスの方は見らずに、右腕の傷口のガラスの破片を確かめながら、ジェイドは鬱陶しそうに促す。ジェイドの言葉に声を裏返しながら、サフィルスは怯まずに言い募る。

「べ、別に何も期待なんかしてませんよ!それよりも、あなたを病院に連れて行きます!!」

「子供じゃないんだから、一人で行ける。そのまま放置してたら床に跡が残るだろうが」

「一人で行くって、どうやってです?その腕で車を運転するつもりですか?いくら貴方でも、不可能だと思いますが」

 サフィルスの言葉は最もで、そして生意気に聞こえて。

 かなり面白くなかったが、仕方が無い。

 ジェイドはため息をついて、脱脂綿で傷口の周りを軽く拭き取りながら、こちらを睨むように見ているサフィルスに低く言った。

「…あと5分で出るぞ」

「はい」

 サフィルスの車に乗り込むと、エンジンの音に紛れて耳障りにクス、と小さくサフィルスが笑うのが聞こえた。

「…何だよ」

 不機嫌に問えば、口元を隠しながらサフィルスは首を振る。

「いいえ。何でも」

「言えよ。…お前がそんな風に笑う時は、勝手な思い込みで俺を決め付けている時だ」

「え、そんなことありませんよ?思い込みじゃなくて、正しく見てますよ」

 …相変わらず、サフィルスとの会話は苛々した。

 この狭い空間に、サフィルスと二人きりというのは、かなり精神的に苦痛だ、と今更ながらジェイドは後悔する。

「正しいって何だ、所詮お前の中での『正しい』だろうが」

「もう、そんなに突っかからないで下さいよ。…そんなに苛々してるってことは、貴方も判って、それで腹立たしく思ってるんじゃないですか?」

「…………何をだよ」

 ジェイドの言葉に、サフィルスがまた小さく笑って。

「貴方らしくない、行動だったと思ってるんでしょう?怪我してまで守るなんて、珍しいですよね」

「…………」

「本当に、どうしちゃったんでしょうね。貴方らしくない。――…あ、今殴らないで下さいね、事故が嫌だったら」

「悪い、シートに血がついた」

 勿論わざとシートに寄りかかって右腕を押し付けた。軽く巻いた包帯の隙間から、血が滲み出てシートにべったりと付着する。

「ああぁっ!何するんですか!ジェイドっ!!」

「ほら、前見ろよ、前」

 ジェイドがサフィルスの叫びなど全く相手にせずに促せば、情けない声で批難する。

「もう、本当に貴方って人は…っ!」

* * *

 学園の大学部に付属する病院で、治療の他に点滴を受け、少しばかり勤務医と世間話をして昼近くに保健室に戻った。

 扉を開けてすぐ、サフィルスがきちんと床の上の掃除をし、ガラスが割れたところには処理をしているのを確認する。

 血の匂いも篭ってないところをみると、換気もしたらしい。

 (流石サフィルス。…マメなことで)

「ジェイド?」

 室内を見渡していると、声を掛けられ、プラチナが起きていることに気がついた。

 衝立の奥に進むと、プラチナがベッドに体を起こしている。

「…よく判りましたね」

「足音で判る」

 確かに今は授業中で廊下は人通りが無く静まり返って入るものの、そんなに大きな足音を立てて帰ってきたつもりは無かった。

「すまない…」

 先に戻って保健室のことを任せていたサフィルスに事情を聞いたのか、白衣の下で骨折した時のように腕を吊っている、ジェイドの右腕に視線をやる。

「…痛むか?」

「ええ、まあ…ガラスで負った傷ですから、多少は。でも麻酔と沈痛剤が効いてますから、今は何ともないですよ」

 大きな傷では4針程縫ったのだが、それは黙っておく事にした。

 目の前のプラチナが、とても辛そうに眉を顰めて見つめていたから。

 それよりも、とジェイドはプラチナを見て。

「制服に、血が多少付いたかも知れません。付かないように気をつけたんですが…」

「血など、構わない…」

 プラチナはジェイドの包帯を巻いた右腕にそっと手を延ばした。そして驚いているジェイドの目の前で、その右の掌を頬に当てて、眼を閉じる。

「お前の負った傷に比べれば…」

 プラチナがこんな行動をするとは思っていなかった。

 思わず目を細めて、伺うようにプラチナのその表情に見入る。

 いつもの警戒心を捨て去るほど、ジェイドの傷を気遣っているのか。

 無防備なプラチナの様子に、少しジェイドは戸惑いつつも、そのまま敢えて何も言わずに受け入れた。

 …それは、そんなに不快なものではなかったので。

 暫くして、プラチナが眼を開いてジェイドを見つめながらそっと尋ねた。

「本当に、すまない…ガラスで負った傷は、痕が残るんだろう?」

「あなたの綺麗な顔に傷が残るよりは、私の腕程度、どうってことないですよ」

 プラチナが頬に当てている掌の指先で、逆にプラチナの頬を撫でると、伺うような視線を上目遣いに返してくる。

 思わず衝動的に、その碧眼に唇を寄せそうになり、堪える為に体が強張った。

(…やばい…)

 ただでさえ、プラチナの外見は自分の好みの要素の固まりなのだ。その外見の持ち主に、こんな風に無防備な内面を見せられると、ついつい暴走しそうになる。

 これは、遊びで付き合う相手ではないのだから。

 ――目的の為に、利用する相手なのだから、手を出す時期にも、慎重に計算を重ねて、タイミングを間違えることはならない。

 だから、軽はずみなことは出来ない。

 ぎこちない動きを誤魔化す為に、プラチナに微笑んで見せて。

「幸い、両利きですし。仕事には特に問題はありません。少し風呂や着替えが面倒なだけで。だから、気になさらないで下さい」

 そう言って、プラチナの心配そうな表情を変えようとするが、プラチナはまだ真剣な眼差しでジェイドを見つめてくる。

「…食事は、どうするんだ?」

 食事、と言われてジェイドはそんなものがあったと思い当たる。

 料理が出来ない訳ではなかったが、一人暮らしの上に特に拘りは無いから、いつも適当に済ませていた。

 それに、勝手に世話を焼きたがる女に不自由はしていない。

「…平気ですよ」

 事実を伝えたのに、プラチナには遠慮に聞こえたらしい。

「そんな事は無いだろう。箸を使うのは、左でも可能なのか?」

「箸は…右、ですが…」

 メスをどちらでも使う必要があったから、訓練をして両利きになったが、その訓練は主にナイフとフォークで、箸ではしなかった。

 プラチナはジェイドの答えを聞くと、一つ頷いて。

「それなら…、昼食の時だけでも、手伝う」

「………は?」

 手伝う?

(……何を?)

 そう思い考えていると、プラチナが逆に首を傾げて訊いて来る。

「左手は使いにくいんだろう?だから、用意とか…」

――…それって、あなたが食べさせてくれることもある、ということですか?」

「そうだ」

 表情を伺いながら問えば、プラチナは何でもないことかのように、当然と言うような顔をして頷いた。

 自分が何を言っているか…判っていないんだろう。

 この天然振りには、少々呆れる。

 だが、二人きりで昼食、というシチュエーションはかなり気に入った。

 こんなオイシイ偶然は、またとない。

 プラチナが自分で言い出したことだから、是非にも堪能させて貰うことにした。

 にっこりと、プラチナに極上の微笑みを見せ、返事をする。

「…それじゃあ、折角ですし…お言葉に甘えても、いいですか?」

「ああ」

* * *

 翌日、昼にプラチナが保健室に現れた時、ジェイドは書類を片付けていた。

 振り返らずにプラチナに謝る。

「すみません。もう少しで終りますから、座って待ってて下さいね」

 プラチナは特に気にした様子も無く、ソファーに座って大人しくジェイドの作業が終るのを待っているようだったが、不意に声を掛けて来た。

「…器用だな。医者は皆そうか?」

 右手と左手の差はそんなに無い。速さ的にも。

 日本語でなければもっと楽だ。単語は多いが画数は少ない。

「さあ…どうでしょう?私は必要に迫られて…ですし」

「以前にも、右腕を怪我したのか?」

「そんなところです」

 暫く沈黙が続く。

 言葉の少ないプラチナとの会話は、大抵がこうだ。

 だが今日は、プラチナの方から声を掛けて来て、尚且つその内容はともかく、ジェイドに関してだったのがギリギリ及第点と言うところか。

(…第一段階は、何とか…か?)

 しかし、まだ道のりは遠そうだ。

 そう思いながら、書き上げた書類をミスがないか確認して纏め、封筒に収めた。

「遅くなってすみません。どうしましょうか?天気もいいですし、いっそ外にでも行きます?」

 振り返り微笑んで問い掛ければ、当然のように呆れたような声が返って来る。

「お前…その腕で運転するつもりか?」

「朝だってしてきましたし、別に問題無いですよ」

 ジェイドが今日は吊っていない右腕を軽く上げて見せると、プラチナは頑なな様子で首を振って。

「お前は痛い時でもそう言うと、サフィルスから聞いた」

 …シートにつけた血の仕返しか。

(全く、ガキみたいな事…)

 腹が立つ。

 舌打ちを堪えるのに、少々苦労しながらプラチナに微笑んでみせる。

「あいつは過剰なんですよ。――…それ、何です?」

 ふと、座っているプラチナの隣にある包みが、目に止まった。プラチナの顔を見ると、プラチナ自身その存在に戸惑っているような顔をしている。

「…サフィルスに手伝って貰って…片手で食べられそうな物を、作って来た」

 わざわざプラチナが怪我をしているとはいえ、ジェイドの為にそこまでするとは想像の範疇外で、 思わず固まって凝視する。

 ジェイドのその視線が痛いのか、プラチナは眼が合わないように顔を俯かせる。

「学食は、人が多いし…、家の者に頼むと、兄上や、ロードが煩いから…。…別に…お前が嫌なら、食べなくてもいい…」

 何時ものプラチナらしくない、たどたどしい言葉。

「いいえ、あなたが作って下さるなんて、めったに無いことですから、喜んで頂きます」

 安心させるように微笑んで見せ、ジェイドは立ち上がり手を洗うついでに、紅茶の用意を始める。

 プラチナがソファーから徐に立ち上がり、ジェイドの傍に来て、ジェイドの手から紅茶のポットを奪った。

「俺がするから、お前は座って食べていろ」

「おや、いつに無くお優しいですね、プラチナ様❤」

「今だけだ」

 茶化すようなジェイドの言葉を、プラチナは慣れた口調で跳ね除ける。

 プラチナの手つきは慣れていて、ジェイドはその動作を壁に寄りかかって、暫く見つめた。

「…本当にそんなに、気になさらないで良いんですよ」

「そういう訳には、いかないだろう」

 用意が済み、一揃いの茶器を盆に乗せてプラチナが応接机に運び、ソファーに座る。白衣を脱いだジェイドがいつものように隣に座った。

「…前から訊こうと思ってはいたんだがな」

「何です?」

「何故、いつも隣に座るんだ?」

「いけませんか?」

 逆に不思議そうにジェイドが問えば、プラチナは言葉に詰まってしまう。

「い…けなくは、無い、が……」

「じゃあ、良いんでしょう?」

 にこりと、笑んで見せるとため息と共に呟く。

「…落ち着かないんだがな…」

「慣れて下さい。では、頂きます」

 当然かのように言い切って、紅茶を注ぎ終わったジェイドがケースの中身に手を出す。

「大丈夫か?…その、味の方も」

 サンドイッチを咥えるジェイドの表情を伺うように、そっと首を傾げて顔を見つめて来る。

「美味しいですよ」

 本当だった。

 味もそうだが、サフィルスが手伝ったとしても、初心者がこんなに綺麗に整った、弁当を作るのは不可能だろう。

 初めてのことでも、こんなにそつなく出来るというのは、どんな遺伝子を持てば可能なのか。

(…案外、実の子ではないのかもな…)

「ケーキの時も思いましたけど、プラチナ様っていいお嫁さんになれますよね」

「…俺は男だ」

「それが唯一の欠点と言うか…でもあなたでしたら、本当に男だろうがなんだろうが、全然構いませんから」

 実に上機嫌で言い切るジェイドに、プラチナが紅茶を飲みながら、呆れたようにため息を吐く。

「…何で、お前が構うんだ…」

 プラチナの台詞に、ジェイドは思わず笑う。

 ジェイドにとって、何の変哲も無い食事をこんなに美味しいと、楽しいと感じたことはなかった。

 二人きり、ということは今までいくらでもあったが、相手がプラチナというだけで、こんなにも変化があるとは、予想してなかった。

 相変わらず、特に会話があるわけでも無い。

 だが、声を掛ければ、静かに言葉が返って来る。

 押し付けがましい会話も、煩わしい会話も、騒がしい会話も、ここには無い。

 過ごしやすい、心地良い空間なのだ、と、感じた。

 …それが何故なのか、何処から来るものなのか、気付く事は出来ないが。

 気付いてしまったら、始めなくてはならない。

 一分でも、一秒でも、早く。

 …長いこと、苦しまないでいいように。

 プラチナも、自分も。

 食事を摂り終えて紅茶も無くなり、プラチナが空になったケースを持って来た時のように包み直す、その隙に左腕を伸ばした。

 プラチナのしなやかな身体を引き寄せ、腕の中に抱き込む。

「…っ!ジェイド、お前怪我してるくせに…!」

 暴れるプラチナを無視して押さえ込んだ。

 そのまま強引にソファーの背に凭れ、寛いでいても、どうやら怪我をさせたことに対して、かなり責任を感じているらしく、怪我を気遣ってか、抵抗はいつものようには激しくない。

 すぐに諦めて、困ったように腕の中から、ジェイドの顔を見上げる。

「……ジェイド…」

「こうしていると、痛くなくなる気がするんですよねぇ」

 こう言えば、プラチナは何も言わずに抱かれたまま、膝の上で大人しくなってしまった。

 病気の際に人肌がどれだけ嬉しいか、プラチナが良く判っているのを狙った言葉だったが、効果は抜群にあった。

 最初のうちは多少、居心地が悪そうにしていたものの、次第に力が抜けていって、完全に身体をジェイドに預けてしまう。

 ジェイドがプラチナの髪を手櫛で梳きながら、調子に乗って首筋に口吻けを落としても。

 そのまま、唇を滑らせて耳朶を食んでも。

 いつもは嫌がるようなことも、声を堪えて身体をびくりと反応させるだけで、許して貰える。

(あんまり調子に乗るのも…不味いか?)

 そう思いつつも、言いなりになるプラチナというのは、かなり魅力的で。

 ついつい、調子に乗っていろいろと、してしまう。

「ジェイド…っ、いい加減に、しろっ!」

 力の抜けた様子で、プラチナが顔を上げ涙目で睨む、その視線にジェイドは服の下を這っていた手の動きを止め、優しく微笑んで見せる。

「それじゃあ、今日はここまでということで。続きはまた明日、しましょうか❤」

「明日、って…。お前というやつは…っ!」

「仕方がないじゃないですか。プラチナ様があまりに可愛いのが、いけないんですよ?」

 からかう表情で、腕の中のプラチナを見つめれば、頬に朱を走らせて。

「知るか!馬鹿!!」

 そう言うと、顔を背けてしまう。

「怒ったんですか?明日、と言うのは冗談ですよ。お願いですから、こちらを向いて下さいよ」

「…お前の冗談は、笑えない」

 振り返らないまま、憮然とした声音の言葉に、ジェイドは少し笑った。

「そうですか?」

「そうだ」

 それでも、腕の中のプラチナは身体を預けきっていて。

 とても怪我人には思えないようなジェイドに、あんなことをされても、文句を言いながら、しかしジェイドの腕を払おうなどと思わないらしい。

――…プラチナ様、お願いがあるんですが」

「…何だ」

 ふと思いついて、腕の中の麗人に笑顔で強請ってみる。

「夕食も、作って頂けたら嬉しいなあ、と」

 ジェイドの言葉に、咄嗟に顔を上げたプラチナは眼を見張っていて。暫くジェイドの顔を見つめ、真意を測っているようだったが、また顔を背けてしまう。

「…それは、別の人間にして貰え」

 不機嫌そうな声は変わらず、ジェイドの言葉を冷たく跳ね除けた。

「お昼も作って下さったんですし、良いじゃないですか」

「…俺は料理を作ったことが無い」

 律儀に言葉を返してくるプラチナを、きつくない程度に抱き締め直しながら、背けられたままの顔を覗き込む。

「手伝って頂けるだけで良いんですが…」

 ジェイドのその言葉に、腕の中で首を傾げたプラチナの髪が頭の動きに合わせて、さらりと流れる。

「お前、料理…出来るのか…?」

「出来ますよ、これでも。サフィルスまでとは言いませんが、一人暮らしが長いものですから」

「そうか…」

 プラチナは小さなあくびをして、もぞもぞと腕の中で体勢を変えた。

 身体を横に向け、頭をジェイドの首に凭れ掛けて、甘えるように首筋に額をつけている。

「…気が向いたらな」

「プラチナ様?」

 小さな声は聞き取り難く、すぐ下の顔を覗き込んで聞き返すが、腕の中のプラチナの瞼は下りきっていて。

「…ん……」

 ジェイドの呼びかけにこくり、と頷いて、そのままプラチナは寝てしまった。

 抱き込んでいる腕の中で、微かに呼吸に合わせてプラチナの胸が動くのを感じる。

 本当に、プラチナは眠気には逆らえない。

 いくらジェイドが怪我をしているからと言って、油断し過ぎだ。

 寝ている間に、ジェイドが何もしないとは、限らないのだが。

(まあ、こういうところ、嫌いじゃないですよ)

 ジェイドだけに許すのならば。

 髪を撫でつつ、プラチナの寝顔を微笑んで見守って。

「               」

 眠っているプラチナの耳に囁いたその言葉は、届くはずが無かったが。

「なるべくなら、早い方がいいんですけどね…」

 無防備な寝顔にそっと、口吻けを落とした。

 その表情は、決してプラチナには見せないまま。

end.