7.
――そうして、日本警察の救世主と名高い名探偵が再び米花へと姿を現したのは、三年の月日が経ってからだった。
三年というのは短くもないが、そこまで長くもない。だが、工藤 新一が禊を済ませるには必要な時間だった。
彼が江戸川 コナンという身になっていたときやむを得ず行ったという、数々の犯罪行為の中でも重要なもののひとつ、楠田 陸道の死体損壊・遺棄については軽々しく見逃せるものではなかった。
確かにコナンとして警察に貢献し続けたことや、最終的に黒ずくめの組織を壊滅に導いた立役者だ。江戸川 コナンはもう居ない、だから犯罪を犯した人間はどこに居ない、という方向であれこれを超法規的措置で見逃そうとはしたが、そもそも罪を償うということは、本人の抱え込む良心の呵責や自責の念、罪悪感等からの幾ばくかの解放でもある。
しかし、そもそもがFBI捜査官である赤井 秀一を守るための死体すり替えだったため、工藤 新一の弁護にFBIが介入し拗れ、紛糾した。
FBIは日本の司法制度に不満があり、それで工藤 新一が不当な人権侵害や奴隷のような扱いを受けることを嫌がったし、日本警察は元々観光ビザでやって来ておいての違法捜査、そして道路交通法だけでなく銃刀法違反、さらには死んだと思わせての違法滞在等、やりたい放題だったFBIを守るために犯した犯罪だから、いくらなんでも目に余る公務執行妨害を前に「はい、そうですか」などと大人しく引き下がることも出来ない。
なにより工藤 新一自身が、己は処罰を受けるべきだと主張した。今まで数多の犯罪者の真実を曝け出してきた自分だけが罪から逃れることは出来ないし、江戸川 コナンという存在であったこと、それは彼にとって大切な、意味のある経験だった。コナンを否定してしまうのなら、新一は今ここに存在する己を否定することになる。それは出来ないと、夢で見たとおりの春暁の美貌を持った彼自身が毅然と主張した。
江戸川 コナンは間違いなく工藤 新一である、と。
その結果、自分の不始末の責任は自分で取ると両親にさえ啖呵を切った彼が、日本よりもアメリカで数年『隔離』されることになったのは、FBIの弁護と庇護もだが、未成年である彼の両親がロスに滞在していることも関係していた。
灰原 哀こと宮野 志保とアメリカに渡った新一は刑務所に収監されることはなかったが、FBIの監視の下、労働による懲役という判断が下され、諸々の手続きもありFBIと共になら短い期間だけ帰国することが出来た。
そうして江戸川 コナンから工藤 新一の体に戻った負荷を癒しつつ、彼は三年の月日をその頭脳でFBIに貢献しながら、編入したアメリカの四年制高校で進学に必要な条件を全てクリアし、日本に戻れないまま犯罪学や法科学に強いニューヨーク市立大学のジョン・ジェイカレッジへの進路を決めたのもまた、当然の流れだった。いずれ他の名高い大学に編入することもあるだろうが、まずアメリカで探偵のライセンスを取得するには、実務経験もだが法科学の学士履修は外せない。
その三年間の記録は、逐一降谷にも報告されていた。日本での警護は降谷が担当するからだ。彼が遠く離れた地でどのように過ごしたか、誰が日本から彼に会いに行き、彼が誰のために帰国したかも把握している。そして、どうなったかも。
工藤 新一単独帰国の通知が来たとき、奇しくもちょうどバーボンとして黒ずくめの組織の残党の、後始末をしている最中だった。
三年という区切りで一応、新一の警護から降谷は完全に離れているが、未だ残党達がしつこくどこかに存在しているため、日本に居る限りは新一の所在を把握しておく必要があった。そして今回はその残党達が絡む仕事だ。特に嗅ぎつけられては困るので、個人的なメッセージのやり取りすらしていない。
楠田のような末端であればわざわざバーボンが出て行くこともないが、何度か面識のあるような、他のコードネーム持ちの下に居たそこそこ実力を伴う小悪党が、小賢しくも上手く逃げ延び三年が経った今でもあちらこちらに野放しになっていて、その一部がそこそこの犯罪組織に所属し日本で別の犯罪に関わっているともなれば、久しぶりにバーボンが出張る羽目になる。
さらには、国民には全く知らされてないが、内紛で少々きな臭い他国からの重鎮が密かに二週間ほど前から来日し、近々手術を受けることになっていた。優秀な外科医が短い期間日本に帰国している、そのタイミングに合わせて自国よりも身の安全が保障されている日本での検査と手術を希望していた。他国の犯罪組織の主要メンバーこそまだ発見されてはいないが、関わりのありそうな他国の人間たちは数人、今年に入ってから確認されている。
黒ずくめの組織の残党が所属する犯罪組織は、その紛争地域の一味に銃と兵隊を都合つけてやりたいらしい。つまり、病院を襲うテロ確定だ。
そこに来ての名探偵の帰国である。全くいやな予感しかない。
『降谷さん、緊急事態です』
風見からその連絡を受けたのは、バーボンとして接触した残党達に、銃や兵隊の数を揃えてやったその数時間後のことだ。もちろん病院には警備部の特殊部隊が密かに待機していて、テログループが動き出せば患者として潜入している捜査員からの合図で突入することになっている。
テロをいつ起こすかどうかはこの二、三日、というところだったが。
風見が本来公安として捜査を担当しているのがかの紛争できな臭い某国関係で、黒ずくめの組織に潜入していたときも、身動きのとれない自分に代わってそちらの国についての情報収集と捜査が得意な捜査員が欲しいのもあって、彼の作業班を使っていた。今回もまた以前のように案件が被ったため、慣れているだろうと同じ作業班を作らせていたのだが。
準公用車として長年の相棒になっているRX-7に乗り込み、車内に異常がないかを素早く確認して、ノートPCを起動しながらインカムを装着する。
「状況は?」
『病院に潜入している捜査員から、すでに病院内部は制圧されていると連絡が入りました』
「早いな。てっきり本国の主要メンバーの合流待ちかと思ったが…」
それとも、主要メンバーの誰かが顔を変えて密入国を済ませていたか。
予定通りにはいかないのは重々承知していて、早まることも想定内だが随分と準備が良い。これはテログループの方が用心深く、残党達にも正確な情報は与えていなかったな、と判断してこれからの行動を考えるべく確認を続ける。
「それで?」
『現在、病院内でスタッフ、動ける患者、それから見舞客達は人質となってテログループにより数グループごとに分けられ、閉じ込められ監禁されていると。
コントロールルームを占拠されたのか、病院の電子錠を含む電子機器がほぼ機能していないそうで、患者の生命維持装置にも影響があるようです。さらに犯人達は、人質を閉じ込めたいくつかの部屋の温度を、限界値まで下げているとのことです』
現場となったこの病院は幅広い検査が出来る研究所の附属病院で、病室はともかく、一般に普及している空調設備の温度設定とは全く違うものを使用している部屋もあるらしい。PCを操作して事前に入手していた病院内の見取り図を展開し、見張りが配置されそうな場所の目星を付けていく。
『他は現在調査中ですが、他の捜査員はテログループから逃れたものと従ったもの、二手別れたものの上手く動けず、今はまだ様子見中ではっきりしたことは判っていません』
「マルタイの無事は」
『グループ分けの際、姿は見たと言っています。同じ部屋になったものはおらず、最後に残されていたそうで、おそらく温度を下げられている部屋のどれかに居るのではないかと…』
手術待ちの、他国の重鎮が。確かに各自、部屋に入れられればどの部屋が冷やされているかは判らない。それに恐らくマルタイだけを個別の部屋に隔離している可能性は高い。今頃は警視庁の方に身代金要求が入っているかも知れない。そしてきっと、人質の身代金を要求したとはいえ、マルタイを殺さないとは言ってないだろう。
「SPはどうした」
『任務を現在も遂行中、マルタイに付いているようです。敵の排除はSPの仕事ではありませんし、テログループの方が人数も、武器の数も圧倒的有利ですからいつでも殺せるため、放置しているようです』
SP達も命を脅かしているその銃や兵隊を用意したのが、公安の降谷だとは思うまい。そういう任務上の想定外の不和は良くあることだ。
「兵隊の数を揃える際こちら側の人間も数人、入れておいた。それがちゃんと仕事をしたな。SPと共にマルタイを監禁し、その部屋の見張りをこちら側の人間がしているのなら、一応今の段階では安全なところに隔離出来ているとも言える。現状、マルタイの身柄はそこまで気にしなくて良い」
想定の範囲内だと言外に告げる。ただ、思ったより静かな制圧は意外だった。きな臭い紛争国だからという訳でもないが、テロを起こすくらいだ。バーボンとして接触した残党達は血の気の多い、短絡的な輩達ばかりだったので、武力で制圧しに来たかと思っていたが。今後内部でもめ、無意味な発砲からの暴走もあり得そうだ。
『…了解しました』
「病院の周辺で待機していたSATはどうしてる」
『そのまま待機中です。合図を送るはずの捜査員からの連絡がないので…』
つまり、SATの目と鼻の先でテログループによる病院制圧がなされた訳だ。これは相当おかんむりだぞ、と、内心苦笑する。SSSは八つ当たりを食らっているかも知れない。
それにしても、周囲で待機していたSATたちも異変に気付かないとは、内部の手引きでもあったか。
「それで、合図を出す捜査員はどうした」
これまで淀みなく、実直に降谷の質問に答えていた風見が黙った。口籠もっている。その様子に何かしらのミスをしたのかと眉間に皺を寄せた。
「――何があった?」
『……その。報告が一時的に途絶えていまして。テログループが侵入した際、相手の動きを探っていたのがバレたのか気絶させられたようです。通信が回復した際明らかに捜査員とは別の、若い男の声で返答がありました。気絶している捜査員を発見し救助した際に、インカムに気付いたと』
「…テログループのメンバーか?」
潜入捜査員の存在が知られてしまったのか。テログループは今のところ、不審な輩を見つけ次第殺すような方針は取っていないらしいが、今頃あぶり出しに掛かっているかも知れない。身代金の交渉次第で状況がまた変わるだろう。
頭の中で優先事項を入れ替えながら問えば、風見はまだ言いづらそうに言葉を継いだ。
『いえ、それが…、探偵だと』
「探偵?」
その名称に懸念事項の人名が頭を一瞬過って、額を押さえる。なんでも彼に繋げて考えようとしてはダメだ。米花だけではなく、この国には探偵が、それこそ学生から居るのだから。
「それでその探偵は、何か言っていたのか?」
『はい…、よく判らないので、そのまま伝えます。
"アリスとボブ、コナーからプロッドへ、イブは居ない、マロリーとオスカーは別行動、オスカーはA二十、ウォルターは七、コナーはマロリーと合流予定。" アリスとボブ、というのは以前話題になっていた、人工知能のことですか?』
交流サイト世界最大手の米FBが行っているAI研究の、二機のチャットボットの名前がアリスとボブだが、その名前は所謂、アメリカでの典型的な人名というものだ。もちろん一般的ではない。ただ、IT関係やプログラミング、数学などの暗号通信分野ではぐっと認知度が増えるだろう。
アリスとボブ、と冒頭で告げることによって、これ以降出て来る名前は『暗号技術大全』に出て来るものを基準に使うと宣言したのだ。
そしてこのIT関連の暗号を今、敢えて出してくると言うことは。その瞬間に一気に『若い男』がやはり予想していた人物だったと理解して、感嘆に震える胸からはあ、と深いため息を吐く。こんなことをして、この通信内容が風見で止まり誰も気に留めなかったらどうしたのか。
「――風見、これはIoTテロだ」
『えっ、今ので何が判ったと言うんです…!? しかもそれを信用するんですか!?』
インカム越しに驚く風見の声が、動揺で大きく揺れている。確かに素性も判らない人間の、不確かで一方的な通信で意味不明な発言の信憑性などどこにもない。そのために今まで準備してきたものが土台から壊されるどころか、死ぬかも知れない。
信じる理由はどこにもなかった。――降谷の中以外には。
不安と訝しむ気持ちを抱えているだろう風見の気配に、そっと苦笑を返す。
「ああ。日本が誇るホームズの、ご帰還だ」
嫌な予感は的中してしまった。何故ここに居るのか。一日の終わりに提出される新一の警護報告書の本日分は、当然出ていない。これまでのFBIの監視と警護が付いていた時期は、日本に帰国しても事件に関わることは控えて大人しくしていたようだが、単独で帰国したとたん早速これか。全く恐ろしい程の吸引力だ。
そんなことより、彼が内部に居るというのなら協力者として行かねばならない。彼の無茶を止めなくては。
新一からのメッセージを元にもう一度見取り図を確認しながら、ホームズとは、と戸惑っている風見に解説する。
「最初に『アリスとボブ』と言っていただろう。これは暗号通信などで、架空の当事者として登場する典型的人名だ。アメリカではスミスが鍛冶屋を指していたりするのと同じで、そういう符号みたいなものがあるんだ」
『つまり、名前に意味がある…?』
「そういうことだ。イブは盗聴者、ウォルターは見張り番」
『なるほど、見張りが七人、ということですか!』
風見も謎のメッセージ内容を汲み取れた声を聞きながら、見張りの配置を考える。やはり、オスカーの数字が残党から聞いていたものより多い。
「そしてマロリーとオスカーはどちらも敵のことだが、オスカーが見張り番以外のテログループのことで、AはAboutの略だろう。おおよそ二十人前後か。マロリーは悪意を持ってデータの入れ替えをしたり、攻撃したりする人間を指す」
『では、コナーとプロッドは…』
「プロッドは法執行官吏のことだが…まあ、この場合は警察という認識でいいだろう。そして、唯一。コナーという名前の登場人物は存在しない」
このメッセージ上でのただひとつの異物。本来なら登場しない人物名。
『ではコナーとはいったい……?』
「その『探偵』こと日本のホームズ自身が名乗ったのさ。コナーから盗聴者の居ない状態で警察へ伝達すると告げたんだ」
コナーは『猟犬を愛するもの』というケルトの由来を持つ、『コナン』の元になった名前だ。
猟犬、とは警察を指すこともある。それにかの喫茶店と同じ名前の探偵は、自分のことを猟犬にたとえたこともあるのだ。いついかなる時も、けして追跡を諦めたりしないのだと。
二人だけの合図があるとするならば、それは一体何だろうと考えたこともあった。『コナン』という名前はあまりにも有名になりすぎた。キッドキラーとして新聞にも華々しく載ったのだ。
けれども彼はこんな通信越しの、さらに又聞きで、発信者が工藤 新一であるという証明をそれが唯一判る降谷にしてのけた。新一は通信の向こうに降谷が居るとは思ってもいないだろうし、コナーは新一がアメリカで使っている作戦用の名前なのかも知れない。それでも聞けば、判る人間には判る名前。
それにしても、またIoTテロか。数年前、二人で『はくちょう』の軌道を変えるべく無茶をした時のことが頭に蘇る。懐かしい。
『本当にIoTテロなんですか? あの事件以降、IoT系のプログラムは、外部からハッキングされないよう各社修正、強化していたはずです』
「そうだ。だからマロリーは内部の人間、スタッフということになる。その女がサーバーをランサムウェアに感染させ、暗号化させて正常に動かないようにした」
バーボンの方ではそういう女には心当たりがない。テログループの人間が病院に潜入したのか、それとも病院のスタッフが買収されたのか。病院のネットワークに不審なアクセスが確認されていないのなら、内部PCのネットワーク経由でしか感染はさせられないから、研究職のスタッフかも知れない。おそらくSATの目を掻い潜れたのも、このマロリーの手引きだろう。
『女、ですか?』
「男ならマーヴィンだ」
ランサムウェアは、「Ransom」と「Software」を組み合わせて作られた造語で、マルウェアの一種だ。これに感染すると、PCに保存したファイルやハードディスクが暗号化されてしまい、アクセスが出来なくなる。一度暗号化されてしまったものを元に戻そうとする場合、復号鍵がなければ非常に困難で、復号鍵を手に入れるために身代金がビットコイン等仮想通貨で要求される。昔、企業や個人のPCを狙ったランサムウェアが話題になっていたこともあった。
この病院の場合、暗号化されたデータも重要だろうが、冷暖房機器を管理するスマートサーモスタットもIoTだ。病院内の空調は衛生的に完璧に管理されている。この権限を第一に取り返さなければ、病気や怪我で弱っている患者達の命が危ない。人間の適温は二十度、十五度では六時間保つらしいが、病衣では防寒が望めないだろう。もしそこで人質に水でも掛けられたら。中枢温度が三十五度を下回ればマイナスの気温でなくても低体温症で意識を失ったり、最悪死ぬ。
そして、人質達が監禁されている部屋は、研究の関係で空調の設定温度が一般よりもさらに低く指定出来る。
「この場合、コントロールルームを制圧するだけでなく、復号鍵を持っている犯人を確実に確保する必要がある。そして、それを所持しているのもマロリーだろう。…コナーが合流予定、というのは、マロリーから復号鍵を奪取するつもりなんだ」
絶対にマロリーが複合鍵を持っている、という確証はないが、ビジネスライクなテロリスト集団だ。本来マルタイ以外の人質を殺すのが目的でもないから、所持している可能性は高い。もし、複合鍵を持っていない場合、マロリー本人を確保する必要がある。
「テログループから逃れて隠れている捜査員には、この探偵と落ち合い情報交換するように伝達。作戦は探偵に立てさせて、それをこちらに報告しろ」
『はっ。…降谷さんはこの後…』
「我らが探偵がマロリーと合流する前に、彼の首根っこを掴みに行く」
彼は協力者に頼ることを、誰が協力者だったかを、すっかり忘れてしまっているようなので。
捜査員の一人に、見張りの隙を狙って指定の場所の窓の鍵をひとつ、開けさせる。そうして隠密に侵入を果たし、SATが突入しやすい状態を密かに作り出しながら、捜査員と協力させたことで所在を明確にさせた探偵の首根っこを掴んだときには、まさにスタントマンも真っ青の大捕物を始めるところだった。
首根っこを掴んだ勢いのまま無人の部屋に押し込んで、いきなりのことに驚いている彼の肩を掴み、視界に降谷の顔を正面から映させる。
「えっ、降谷さん!?」
心底驚いたらしい、目を丸くしているその幼さの残る顔に、怒りなのか諦めなのか称賛なのか、未だに明確な言葉に出来ない感情が込み上げてきて、それを無理矢理飲み込んでから。
「本ッ当に! 君の事件吸引力は変わらないな!!」
「オレだって、単に依頼人に会いに来た病院がテログループに制圧されるとは思いませんよ、さすがに!」
久しぶりに会った挨拶などなく、出来るだけひそめた声で怒鳴り合う。自分の所為にされて不名誉だと顔をしかめている相手に、距離を取り腕を組みながらため息を吐いて、首を傾げあからさまな挑発する態度を取る。
「おかしいな、僕の連絡先を教えていたはずだと思ったんだけど。異変があったら連絡するように伝えてなかったかな。それに君は、誰を、協力者にしたんだっけ?」
「あ…… いや、そもそも、簡単にあなたに連絡していいとは思ってなかったと言いますか…」
「なんで? いつもの君なら問答無用で呼びつけるだろ」
事件を前にして、使えるものを使わないなんて、そんなの工藤 新一ではない。その傲慢さが彼だろう。
「だって、もうオレの警護終わったじゃないですか。今までしなくていい仕事させてたんだし、オレだって遠慮くらい、します…」
降谷の重い威圧感の眼光に射竦められて、冷や汗を流し身を縮こまらせながら新一が言うのに、変なところで謙虚なところを見せなくても、と呆れる。そういえば、以前も目的が違うから、と巻き込んでおきながら途中でコナンに放り出されそうになったことを思いだした。あれには心の底から驚いた。大人が子供を巻き込んだというのに、その子供に置き去りにされるだなんて、誰が予測するだろう。
「…君は、僕を『大切な人』にしてくれたんじゃなかったかな」
大切な人になら、全力を出すのだと彼は言った。それなら、己とてそうだ。そもそも元はといえば、最初にコナンの、新一の全力を欲しがったのは降谷の方だ。
降谷の言葉を耳にして、彼は逸らしていた顔をこちらに向けると何度か瞬きをする。睫毛の奥でルール・ブルーが窓から射す光をきらと弾いて、そうしてまじまじと、まるで初めて降谷の顔を見るかのように見詰めた後、花がほころぶようにふわりと笑って少し幼い口調で言った。
「そうだったね、降谷さん」
* * *