「おや、―――ふふ」

 ふと流れてきた夢の気配に辿ってみれば、平和の象徴とも言えるような愛おしい風景が見えて、マーリンはあっさりと手元の作業からそちらの方へ思考を切り替えた。ロマニ・アーキマンの作業を思考と共に追うことより、断然こちらの方が楽しいのだ。

「なんだにやにやしおって、気色の悪い」

 効率の関係で同じ部屋で仕事をしていた賢王が、眉を跳ね上げた不機嫌な顔でマーリンを睨み付けてくる。

「今、エルキドゥと我がマスターが、新宿から連れ帰ったあの気高い狼の懐で犬の仔のように丸まって眠っているんだよ。ちょっと前まであの巨躯を相手に一生懸命ブラッシングしてたのに、疲れたんだろうね。ああ、マシュが毛布を掛けてあげている」

 特殊な特異点―――亜種特異点と名付けられた新宿から無事に帰還してしばらく経つ。最初はあの狼を刺激しないように環境に慣れさせていたマスターも、徐々に不快に思われない距離を模索していたようだった。どんなサーヴァントでも放っておけないのが彼の良いところで、この場合その手助けをしているのは当然ながらエルキドゥだ。

 つい最近、とうとう頭を撫でさせて貰うことが出来て、しかも気持ちよさそうな顔だったとナーサリーも加わって大興奮ではしゃいでいて、それはもうマーリンにとっては大変素晴らしいご馳走だった。

 時々マシュ曰く彼は突然レムレム睡眠になってしまうので、そういう意味でも見ておくべきではあるけれど、立香の精神の質はマーリンにとって重要な案件、なので時々迷えるマスターのためにも努めて癒やし、アドバイスもし、積極的に見守るお兄さんなのであった。

「覗きに精を出している暇があるならさっさと仕事を熟せ」

「私にだって美味しい食事のために、材料を検分する権利はあると思うんだが。大体、ロマン君が三徹目にやってたルーチンが変だって言われても知らないぞ。『マギ☆マリ』への書き込みもないし、私が主に見ていたのは立香君の方だし」

「それでも炉心に魔力を注ぎ込んでいたのは貴様だろうが。お前の存在を馬鹿正直に魔術協会に言えるか」

「はいはい、判ったよ」

 まったく、自分のウルクでもないのによく世話を焼くものだ、と思うけれど、ここが立香の所属する場所だからか。危うい崖の縁の上に立つ人類史最後の砦、カルデア。その存在の不安定さは実の所、人類史が焼却を免れた今も変わっていない。未来を取り戻す旅から、未来に打ち克つ旅へ赴かなくてはならない。

 そういう人間への介入はしないものだと思っていた。だがそれは他でもない、ウルクで覆された。

「格納庫の探偵はどうなっている」

「設計図を受け取って、順調に輸送コンテナの改造に取り掛かったようだね」

 新宿で連れ帰ったのは狼だけではない。あちこちで暗躍していた探偵、シャーロック・ホームズもまた目的を持って、けれど秘密裏にこのカルデアへと自分でやってきた。

「…ふむ。あの二人ならば、このまま障害もなく進めよう」

 ギルガメッシュの言葉は、これで人類最後のマスターの脱出手段が間違いなく確保されたことを意味する。この王は見栄も張るが、正解しか口にしない。今、絶対の守護である盾がない立香の命が助かるかは、まだ不確定なのだ。

 だからこそ英雄王の名に相応しく、ギルガメッシュは彼の夜を奪う。立香がこの先光を見失うことがあっても、その瞳でまた、すぐに見付けられるように。

「このカルデアでの、エルキドゥのステータスを見たかい?」

 カルデアのシステムを理解する際に覗いて把握しただろう、サーヴァント達の霊基グラフについてギルガメッシュに水を向ければ、眉間にそれはもう深い皺を刻んで苦々しげに口を開く。

「……世界を滅ぼす気かと正気を疑ったわ。単体宝具も強大な威力があれば大地を割る」

 あれがいくらたおやかな姿をしていようとも、全身が神々の武器にも等しい生きた宝具、ウルク最強の『兵器』。理性を得るまでは野を駆ける獣で、一度怒りを解き放てばギルガメッシュでも少し考えるような、待ったなし・容赦なし・自重なしの意思のある凶器だ。それを強化した場合どうなるかを、全ての人間、またはサーヴァントの善良さを前提とする人類最後のマスターは全く判っていない。思い切りが良すぎる。『神の兵器』がなんたるかを未だ、理解していないのだ。

 実に残念そうな顔をするマーリンの向かいで、とうとうギルガメッシュも作業を止め、額を押さえて唸る。

「……よくぞウルクまで四肢の一つも失わず生き延びたものよな。それだけマシュの苦労があるとはいえ…あれは凡夫故か人の話を素直に聞くが、なによりあの目で何をすべきかよく見ておるのが救いか」

 ギルガメッシュの目がどこかへと視線を流す。恐らく無意識にここにはいないマスターを探しているのだろう。マスターの所在を確認したがるのはサーヴァントの習性みたいなものではあるのだけど、さて、彼はどうだろうか。横目に見ながらマーリンは口を開く。

「ウルクの時は彼に対してよく気を配っているのが不思議だったけれど、今なら分かるな」

 つい、と赤い瞳が、マーリンの方へ向いた。金の帳越しに蛇のような細い瞳孔が獲物を定めたかのように、こちらを捕まえている。

「ウルクで立香君に会ったときに殺してないからキミも少しは『見た』かも知れないが、改めて私の口から言わせて貰うと、私が見ていた限り、藤丸立香の手によってエルキドゥはそれはもう、大切にされていたよ。

 エルキドゥの髪を梳き、その歌を聴き、ギルガメッシュ叙事詩だって寝るのも惜しんで読んで、『兵器』の言葉を『人』のように理解しようとしていた。

 なにより戦力が全く足りてない時だ、敵の正体が分からない時、困難な戦闘が待ち受けているような時は必ず、エルキドゥを伴っていたよ」

 唯一無二の友を蔑ろにする存在など容赦なく殺すだろう彼に説明すれば、頬杖を付き薄い笑みを刷いた貌でマーリンを見ている。いつ首を落とそうか考えているときの顔だが、今更そんなことを気にする間柄でもないので続ける。

「だから彼は、ギルガメッシュ叙事詩だけでなく、エルキドゥを通してのキミも当然知っている。なんといっても、エルキドゥの中はキミとの思い出で満ちているし、夢が繋がってしまえば隠しようもない」

 立香はキングゥと出会った時もエルキドゥを知っている素振りはしなかったし、本人を前にしてギルガメッシュを知っている、という顔も全くしなかった。目の前にいるそれぞれをそのまま受け入れ、その聡明に輝く青い瞳で誠意を持ってまっすぐに理解しようとした。

「ウルクでキミに敬意を払うことはあっても恐れずにいたのは、エルキドゥを信じていたからだ。キミがエルキドゥを信じていたように」

 個々人を贔屓などしないと思っていたギルガメッシュがキングゥにすら恩情を掛けたと知ったとき、マーリンは似たもの同士だと認識していたギルガメッシュについて、多少の差異があることを気付かされた。いや、根本的には正しい認識のはず。ただ、例外というものが、このギルガメッシュにも存在すると識ったのだ。

 しかし、それも『三女神同盟』を解体した立香の働きがなければ有り得なかった。立香がキングゥの未来を、ギルガメッシュの行動を変え、ウルクを救うことになるとは。なんという運命の絡繰りだろう。

 人類最後のマスター、藤丸立香の何気ない行動は確かに未来を変える力がある。

 ―――では、彼のこの行動は一体、何を変えるのだろう。

「そうして、心優しいマイ・ロードはいつしか自分のためではなく、エルキドゥのために英雄王ギルガメッシュを召喚したい、という小さな願いを持つようになっていても、おかしくはない。ということだ。

 ―――さて、最強と名高い英雄王を戦力として得たい、という人間の強欲さはキミの気に入るところだろうけど、それで考えると、カルデアのマスターは全然キミの好みじゃない」

 彼は、戦闘で勝てる、他者に優位に立てる強い力を持っているから、という理由でサーヴァントを欲しない。ただ出会いに感謝し、傍に居てくれるから、と大事に想ってくれるのだ。

 エルキドゥの好みではあるみたいだけどね、と付け加えてから、改めてギルガメッシュへ顔を向ける。

 賢王は話を聞く気があるだろうか。恐ろしく高度に頭の回転が早いため、場合によっては結末まで読んでしまい、話すことすら拒否されることもあるが。

 相変わらずの笑みのまま彼は宙に篭手を付けた手を伸ばした。背後に金色の波紋が揺らめいて神代の酒か、ボトルと金で装飾されたゴブレットが出て来るのを取る。

「よい、続けよ。つまらぬ些末事の息抜きとして、一応最後まで聞いてやろう」

 言葉は寛大だが、生憎、残念なことにゴブレットは一人分しかない。ウルクで最後に飲んだ、よく冷えた麦酒を懐かしく思い出しながら、マーリンは口を開いた。

「そもそも、カルデアのマスター、藤丸立香は何も創り出さない」

 これは事実のひとつだが、全てという訳ではない。しかし今は敢えてそれが全てというように言葉にする。

「彼は創造から最も遠いところに居る。彼の成すことは人理の修復、つまりは『元に戻すこと』―――『己の関わった影響は何一つ残らない』旅だ。命を削って辛い別れを何度も経験して心砕いても、誰の記憶にも残らない。誰にも認められない…共に旅したサーヴァント以外には。それも、サーヴァント達の本体にまで残るかも分からない、残ってもキミを含む少数でそれ以外のサーヴァントにとってはただの記録、思い出して貰えるかも分からない。

 自分自身のみ『意味がある』―――そんな旅をしている」

 マーリンはその旅に、恐れようとも未知の旅を進まざるを得ない彼らに、最大の敬意を表する。

 人理修復中、外界から隔離された閉鎖空間のカルデアに残されたスタッフ達やロマニ・アーキマンにも、じわじわと迫る恐怖と重責があったはずだ。その環境では誰もが優先されず、平等だった。

 そんな中どうしても、何を犠牲にしても、けして死んではいけない、替えのきかない人間がただひとりいた。人類最後のマスター。彼は自分を特別にされるのを嫌ったが、スタッフ達の休みよりも、彼の命が優先された。

 そんな環境ではいつか限界がくる。そのことを思って立香が苦しんでいたのもマーリンは知っていた。彼は、誰かの犠牲を背負って飲み込み、己の仕事のみに集中し、最高の結果で報いようとするほど、実力のある『大人』ではない。

 スタッフの代わりも出来ず、戦闘が出来るはずもなく、魔術も使えず。

「それが『今』限定のことだとしても、サーヴァントが必要とされている間、キミにとっては価値のない人間と言えるだろう」

 そして藤丸立香にも、自分の価値はずっと、判らなかった。

 だから、彼は自分に唯一出来ることとして、無茶だと、負担がどれだけかかるか判らない、危険だと言われた複数召還、複数契約を戦闘時でなくとも、いや戦闘には必要ないからこそ次々成し遂げた。

 魔力は命と密接に繋がっている。彼は己の命が大事だが、それを使う場所を、命の価値を知っていた。

「私たちは終局特異点において、傍観という従来のスタンスを貫いた。あの戦いは、人類史による人類の否定。現在を生きている人間が勝ち取るべきものだからね。

 そして立香君は見事、未来を掴みきった。愛を知らぬ獣に応え愛を教え、最後まで走りきった彼は、『何も人類史には残らない』結果を手に入れた。

 ―――なんてことだろう、藤丸立香には、英霊ギルガメッシュは必要ない」

 テーブルの上で手を広げてみせれば、ゴブレットを置いたギルガメッシュは椅子に深く腰掛け笑う。

「フ、ではこう訊くべきか? ―――『だから何だ』」

「そうだね、僕も応えよう。

 だから、いかにキミが彼に関わったとしても、立香君自身にも、人の文明みらいにも『何の影響もない』――そういうつもりなのか? 英雄王ギルガメッシュ」

 英雄王ギルガメッシュの仕事は、人類の歴史がいつか美しい一枚の紋様になるのを見届けること。

 人の守護者としてのキャスターという側面に収まっていようと、根本は変わらない。優先するものが変われば容易くクラスを変え、人の、立香の前に困難に打ち勝つ力を得させるための北風として立ち塞がり、試練を与える。そのはずの彼が。

 カルデアのスタッフ達には賢王姿の方がマスターへの態度が厳しい、と噂されているようだが、二つのクラスを行き来してまで、立香に向ける感情があるのだ。

 マーリンにはその感情に共感はない。そういう生き物だからだ。ただ何故、という疑問だけが残る。

 彼は王である。唯一絶対の王であること、それが彼を孤独にしてもけして捨てられない。王であることを捨てることは、彼の生まれ持つ使命から逃げることでもあるからだ。

 ギルガメッシュは神におもねることは絶対にないし、人間では規格外過ぎて彼を理解出来ない。そういう造りなのだ。人々の価値を認めれば、それを愛するからこそ、神が造った人以上の存在であるギルガメッシュは、何者とも関われなくなる。

 人間への誠意によって孤独を選び、人間に影響を与えることを良しとしなかった残虐で非道な暴君。

 それなのに、何故、藤丸立香に深く関わろうとするのか。

―――貴様は相変わらず、人の心の判らぬ生物よな。何故、何故と一体いつになったら幼年期を抜けるのだ」

 ふう、とギルガメッシュは息を吐き出すと、緩慢な仕草でこちらを見た。

 顔を支えていない、空いた片手の指先はゴブレットの金の装飾部分をつるりと降りて、ステムをなぞって弄んでいる。

「フン、あの雑種の価値、と言ったか。そんなものは人間を見透かすのが生き甲斐の童話作家にでも訊け。我は忙しい」

 ステムを離れた指先がコツコツとテーブルを叩く。そうしてギルガメッシュの意識は既に、仕事の方へ向いていた。そうかそうか、そんなに夜の時間を空けたいのか。そういう気は充分にしていたので、やはり今更気にせず口を開く。横で滔々と話をすれば、そのうち黙っていられなくなるのがギルガメッシュなので。

「そうかい、じゃあ勝手にマスターの話をするとしよう。喩えるなら彼は形状記憶合金だ」

 熱やら衝撃で変形しても必ず元の形に回復する、結構頑丈な人間だ。自分の基本形を識っている、地球と同じ色をした聡明な瞳を持つ、星の加護を受ける遊星の仔。

「立香君は大胆不敵さを持っているが、『往生際が悪い』という言葉だけで済ますのもまた、足りない。

 彼は切り替えが早く、立ち直りがとても早い。青い顔をしていようと平静さを取り戻すのが早い分、精神のダメージが少ないから、恐怖の中敵を見て違和感を察知し、学習する。さらには機会を掴む天運を持っているからこそ、それを逃すことなく立て直し事態を覆す決断力がある」

 それでも、独りになった時には思い切り落ち込んでいたりもするのだけれど、そんなことはこの仕事中毒の王様も知っているだろう。彼は自分の弱さを言い訳にしない。走れなくとも走りきるし、どれだけ怖くても前に出る。

「彼は自分の凡人さを弁えているから、勝つまで挑む不屈の強さは持っていない。だけど、自分が出来る最善の機会を作って全力で挑むんだ。

 人が、戦う者が残っている限り未来は確定しないと信じている。つまりは観測宇宙の申し子だよ」

 だがそれが、一番重要なことなのだ。人間達には常に『今』しか自由に出来るものがない。

 最悪の事態は既に起きていて、藤丸立香が生きている時点で負けが決まっていなければ、どれだけ可能性が低くても勝つ未来も当然ある。それが彼にとっての希望だった。

 ごく普通の、一般的な彼が恐怖に震えながら、同じようなマシュと手を取り合って困難に立ち向かったからこそ、数多のサーヴァント達がこの希望は守るべきだと手を貸した。英霊達は大抵、未来に生きる人間達に後を託し、その幸福を願い、命を燃やし尽くした存在だからだ。

 最高ではなく最善を尽くし、自分の苦痛より他人の苦しさを放っておけず、小さいものを拾い上げ、けして弛めず、敬意を払っても辟意はない、誠実な人間。

 圧倒される力強さはなにもない。どんなに辛い別れがあろうと、苦難に膝を付こうと、心を痛めながらも良心に反した決断を迫られようと、ただ、何処にいても自然に普通であり続けた。

 藤丸立香は、誰よりも外的要因から影響を受け難い人間、ということだ。

―――フ、」

 突然。

「ハハハハハハ!! 黙って聞いておれば形状記憶合金ときたか! なんだメカか、火でも噴くか!? ―――ん? これは、いや…また面妖なことになっているな」

 部屋にギルガメッシュの大きな笑い声が反響して、マーリンは内心やれやれとため息を吐く。やはり彼は黙っていられなかった。笑い上戸のギルガメッシュはしばらく笑い続けた後、酒で喉を潤してからゆっくりと口を開く。

―――藤丸立香。あれはな、自分が『生きたい』からこそ、生きる全てのものを肯定している。己の信じる『善』だけではない、悪も、兵器も鬼も、神も獣もだ。敵対する者の非道に憤ることはあっても、その相手が生きてきた道、価値観といった大元は肯定する。あまつさえ愛を教え、慈しむまでする。人間ゆえにな」

 長く使う道具に愛着を持ち、最後にはディンギルと同じく神として崇めるように。人間を憎む狼を慈しんで許容されたように。人間の愛は相手を人間と対等の位置、つまりは『人間』にしてしまう。

「我は目的のために、カルデアを利用するまで。だが―――カルデアの星詠みは、相変わらず人理を救うとは思っておるまい。

 ただ人間の未来を望み、結果英雄でもないというのに世界を背負う羽目になり、挙げ句手の届く範囲で最善の結果を得ようとする、これ以上ないほどの強欲でな。その厚顔さといい足掻きようといい、完成されるまでは見ていて飽きぬだろうよ。どのようになるか楽しみのひとつでもあるが…それもまた、今は随分と先の話だ」

 ギルガメッシュの『楽しみ』という言葉は、大抵『どれくらい蹂躙し甲斐があるか』という意味で、けして子の成長を見守る親の目線などではない。

「ウルクでの功績もある。そういう意味では借りがあると言えるが、それはこのカルデアでサーヴァントとして使われてやっておるのだ、差し引いてもよかろう。神殺し、獣殺しを経て人理焼却を見事阻止したことは、あの場に集った英霊ともども評価する」

 特異点の修復は人間がすべき当然のことなので彼は今挙げなかったのだろうが、しかし、ウルクでは確かに労った。ウルクと今ではなにが違うのだろうと聞いていれば、ギルガメッシュはくつりと喉を鳴らす。

「しかし、実のところはそれら全て、どうでもいいことだ」

―――どうでもいい?」

 思わず眉を顰めた。ここまでつらつらとギルガメッシュが列挙した藤丸立香は、確かに彼が興味を持った部分のはずだ。自らの役割や責務に忠実な人間や、心から渇望した思いのために行動していれば気に入るギルガメッシュだからこそ、ごく普通の人間である立香が時折見せる強い感情、美しい輝きを得難いと感じているだろうに。

「そうだ。あやつがなにを成し遂げようと、何の価値があろうと、我には全てどうでもよい。こう言えばいいか? ―――お前の言う通り、価値はないのだ」

 面白がるように、聞き分けのない子供に言い聞かせるかのように、ギルガメッシュは含めて言う。それをマーリンは鋭い口調で切り返した。

「それは嘘だ、ギルガメッシュ王。人の作り出すものに価値があるのなら、立香君に価値がないはずがない」

 己に貢ぐ姿こそ宝であると、上機嫌であれだけ素材や種火、挙げ句に聖杯を受け取っておいて何を言う。

 立香は確かになにも創り出さないが、サーヴァントは育てられるのだ。数多のサーヴァント達と心を交わした絆、いわば、霊基グラフこそどのサーヴァント達にも残る、彼の価値の証。

「我にとっては、それらは価値に値せんと言っておる」

 見下す視線でギルガメッシュがきっぱりと言い切る。さすがにそこを否定されるのはマーリンとて納得は出来ず、顔しかめたまま言葉を返す。

「…キミは価値のないものに興味を持てないはずだが?」

「我が小間使いの何に価値を見出しているかを、貴様が知る必要はないわ」

 彼の吐き捨てるような言葉に、マーリンはふと思い出した。

 ウルクで初めて顔を合わせたとき、彼は立香を『無価値』とは言わなかった。あのときすでに賢王ギルガメッシュの目には、立香の価値が見えていたのか。ウルクの民に愛されるだけではない、人理修復の為でもない、もっと別の何か―――

 思考を巡らすマーリンに、呆れきった声でギルガメッシュは言う。

「元来、人は人を愛するのだ。全てを勝ち取ることが許されているのは神と決別した人間の特権と、どこぞの雑種も言っているだろうに」

 その言葉に、マーリンはぱちんと瞬きをした。そうして、ああ、と息を吐く。

「キミは…そうか…、そうか。キミも『人』か、ギルガメッシュ」

 人は何故、人を愛するか。

 その問いに答えようとしてはならない。誰も答えられないからだ。

 愛の種類も多彩すぎて、形ですらまだ明確に解明出来ていないのに、理由などなおさら。

 だが、ひとつだけ明らかになっていることがある。

 愛は全てに於いてそこに在ることを肯定されるが、恋には無力だ。

「炉心に魔力を注いでいただけでなく、ウルクで我に喚ばれておきながらあれの役に立ちたかったと憚ることなく口にし、当然の如くカルデアに居着く夢魔の言など、取るに足らんわ」

 挑発するかのような笑みでギルガメッシュが言うのに、マーリンはため息を吐いた。

「そうだね。確かに同じスタンスのはずの私が、ここまでカルデアに関わっておいて言えたものではないか。だが、彼のことをずっと見てきたファンとしては、一言言っておきたくてね」

「貴様は常日頃の節操のなさを棚に上げて、あれの父親のつもりか厚かましい」

「違うよ、お兄さんだよ。それに一応、これでも一人の少女の運命を弄んだ反省をしている身の上なものでね。

 ―――さらにいうなら、ここにはいない誰かの代理、というところだ。まあ、今となっては立香君に最期を見せたのはキミだけじゃなくなったけど」

 マーリンが付け加えた言葉を苦々しげに受けて、ギルガメッシュが眉間に皺を寄せていく。

「我は寛大だが、いい加減に口を慎めよ、この夢魔め」

 はいはい、とマーリンは大人しく口を噤み、二人して完全に止まっていた作業に戻った。

「…エルキドゥがマスターのことを好きなのは、彼の好みに当てはまるからではあるけど、『何も残らないものを報酬とする』ところがキミたちの共通点で、それを好ましいと感じているからだ。

 だからまあ、エルキドゥの唯一無二は相変わらずキミのままだし、安心して立香君に手を出せばいい」

「うるさいわ」

* * *